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天才監督 木下惠介

価格: ¥599
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
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饒舌な評伝 ★★★★★
いやはやエピソードや蘊蓄がてんこ盛りの評伝です。「二十四の瞳」「楢山節考」「野菊の如き君なりき」など数えきれない名作を生み出しながら、同時代の名監督と比べて今一つ忘れられた感のある木下恵介監督。その素顔や作品を、作家であり映画評論家であり映画監督も務めた長部日出雄氏が、熱情を込めて描き出してゆきます。どのページを開いても、面白いエピソードがぎゅっと詰まっていて、木下恵介を知らない人でも引き込まれること間違いなし。下世話な言い方をすれば、お買い得な本、お値打ちな本といえるでしょう。ただ、ノンフィクションライターが手際よくまとめた凡百の伝記とは異なり、作家の個性や匂いが随所に顔を出します。長部氏は太宰治と同じ津軽の出身だけあってか、独特の饒舌な文体を駆使して、木下恵介という人物像や作品の魅力の源泉を、語る語る。語り出したら止まらないといった趣です。それが嫌だと思う人もいるだろうけれど、いつの間にか引き込まれている自分を発見することでしょう。読後は木下作品が無性に見たくなる、喉の渇きのような感覚にとらわれます。DVD全集は高額でちょっと手が出ないし、困った困った……。
愛情溢れる伝記。 ★★★★★
 浜松で幼少期を過ごした木下。生家があった町内のありさま。彼が通った小学校の話など、著者が丹念に調べていることに敬服。私も知っている所なので、その正確さは保証出来ます。また今は大手になっている会社の創業時の話しなども面白く読みました。

 撮影所に入ってからの話は、彼の作品にピッタリ寄り添いながらも、著者の意識が向かう方向に自由に話が伸びる面白さがあります。映画の画面が一瞬で展開するように話題は自由に変わります。しかし撮影のカメラと同様、対象への焦点は、ぶれていません。視点が常に一定の情念に包まれています。木下が死ぬまで、全創作活動のデイテールだけでなく、実生活も書かれています。著者が暖かい眼で木下を見ていることが痛いほど判ります。
 正確な伝記として読むよりは、木下の一生にまつわる事柄を材料とした著者の創作として読んだ方が、楽しく読めます。この本を脚本化すれば、木下の伝記映画が撮れそうです。

 著者ならずとも年配者は、木下映画への時代の評価が不当だなと感ずるのではないでしょうか。彼が大事にした普通の日本人が持っていた筈の、人を信頼する価値観が変わってしまったのか。あるいはパリで近代映画を知った木下の芸術の中味が、置かれた時代への直線的な反応に過ぎず、時代を超えた美の理念の領域まで踏み越んでいないからか。それは後の時代が、日本人の価値観そのものと共に、評価することになると思います。

 本書を読むと、鑑賞者の眼は、スクリーンの外にまで拡がります。その眼で木下作品を見ると、また一段と違う感動を得ることが出来そうです。
日本人は何を捨ててきたか ★★★★★
木下恵介が、同じ昭和18年にデビューした黒澤明と、戦後の長い時期にわたって男の黒沢女の木下と並び称されながら、なぜ後年大きく知名度に差ができるようになったのか。これまでもさまざまな説が唱えられて来た。
海外での評価に差があったこと。
あまりにさまざまなジャンルに渡り多彩なテクニックを弄して作られたので、これが代表作(黒沢の「七人の侍」、小津の「東京物語」、成瀬の「浮雲」)という一本が決めにくく、後から追いかけて見るのにとっつきにくいこと。
など、色々あると思う。

ここで筆者は、日本で戦後後退した価値観に木下が強く執着したことを重視している。
その最たるものはずばり「親孝行」に代表される家族愛だ。また「天職」という言葉に見られる仕事を通じた社会に対する責任感であり、あるいは「地の塩」といわれる社会の大半を占める無名で勤勉で倫理観の強い人々に対する称賛だったりする。
こうやって書いていてむずむずするくらい、カタい言葉が並んだが、その一方で筆者は木下がきわめて辛辣な批判精神、ドライな感覚、執念深さ、シニシズムなどの持ち主であることを指摘することを忘れない。
作品数が多い上に「喜びも悲しみも幾年月」とその直後の「風前の灯」が同じ佐田啓二と高峰秀子主演で、前者の夫婦愛を後者でからかうように仲の悪い夫婦役をやらせたように、わざと一筋縄でいかないよう作っているようだからトータルな形での木下恵介論が出にくい。

本書も作家論というのとはやや趣きが違う。「20世紀を見抜いた男 マックス・ウェーバー物語」がウェーバーの伝記でも社会学の研究書でもないように、きわめて周到な調査の裏打ちをもって木下恵介を描きつつ筆者自身が時に読売新聞の社員として、あるいは映画評論家として、また直木賞作家として戦後を生きて来た間に、若いうちは伝統的な倫理観・価値観に反発してきた(その最たるものが黒澤明、特に「赤ひげ」をその圧倒的表現力を認めつつ「家父長的」と批判したこと)に対し、今に至って改めて日本人は、また自分は何を捨てて来たのかを検証した、一個の「作品」というべきだろう。