この秋幸いに、この本を読んで、人間国宝”吉田玉男と簑助”コンビの近松門左衛門の「心中天網島」と「冥土の飛脚」の文楽公演を鑑賞する機会を得たが、予習効果抜群で、何重にも楽しませて頂いた。簑助の小春と梅川、そして、人間国宝”吉田文雀”のおさんが、生身の女として深い情感と悲哀を一身に負って舞台に息づいていた。あの木偶が、舞台で、泣いているのである。
文楽の木偶は、そのまま、吊り下げてあれば、人形として不完全だし、無様な只の道具に過ぎないが、3人の人形遣いと浄瑠璃の太夫と三味線の三業が一体となって織り成す限りなく豊かな舞台で、人間以上の女や男を演ずる。著者は、腑抜けのように頼りない大坂男の影で、器量よしで色っぽく、勝気でしっかりもので、大胆で奔放で、男を引っ張り、死ぬことさえ自分で決めてしまい、そして、死に急ぐ、そんな文楽の大坂女たちの姿を活写し現在に蘇らせている。
さらに、著者は、竹本義太夫と近松門左衛門の頃の文楽を語り、また、同じ題材でも、色恋を描いた小説の西鶴と、親子の情愛や道義に比重を移した浄瑠璃の門左衛門との差等の文学論も語っているなど、雑学も豊かで、実に面白い。