鴎外歴史もの
★★★★★
「阿部一族」は不覚にして原作を読む前に深作欣司の映画を見てしまった。見ごたえのある良い映画だった。で、原作を読んだが、素晴らしかった。なんと言っても、鴎外でなければ書くことが出来ない、あの、時代を現象させる文体だ。破格の教養を持ってして為せる業だと思う。「殉死」を考えたテーマとしても興味深い。だが、同時に現代に通じ難い奇妙さもある。主人公の友人で家族ぐるみの付き合いのある隣人が、阿部一族の謀反鎮圧に参画、最後に阿部の長男を倒した後日、これを誇ってかのように、「元亀天正の頃は夜討ち朝駆けはあたりまえで、阿部一族などは茶の子も茶の子だ」というようなことを言う。このようにいささか、理解に苦しむような部分が随所にあるが、却ってこれが大昔のある時代の社会を示しているかのようで、作り物臭くない。資料渉猟の結果、事実をそのままに投げ出してみせる鴎外史伝の端緒を見る思いだ。柄谷行人が、この件に関してユニークの論考を書いていた。それから、本書の中に収められている「佐橋甚五郎」は、鴎外史伝の最高傑作の一つに推したい。行間から漂う戦国末期の雰囲気、家康の理知と妥当な判断と経験から醸し出る狡猾さなどリアリティが凄い。組織で生きることの出来ない人間の「姿」がしっかり描かれている。それから「二人の友」は傑作の「私小説的短編」。後年太宰が「鴎外の中期の短編を模して」と言っていたのはどうもこの作品か、と思い当たる。以前は太宰が鴎外の真似、ということに違和感があったが、本作品を読むと納得。太宰なりに良く似た佳作を作っている。