新進気鋭の研究者による力作☆
★★★★★
映画という現象は、第二次世界大戦から冷戦にいたるイデオ
ロギーと無関係では成立しえず、それでいて、独自の美学を維
持しようとするジャンルであり、その政治/美の緊張関係を読
み解こうとするのが本書の基本的な立場である。その意味で、
「映像の世紀」たる20世紀アメリカ現代史を投射しえており、
オルタナティヴな米文化史として読むこともできよう。
ショットの転換やフレーミングの分析によって、ヒロインと
観客の視座が反転する様を描く第1章にはじまり、ヴェトナム
戦争を映像から隠蔽/開示された国家的トラウマとして据え、
『羊たちの沈黙』の身体性を分析する第5章にいたるまで、本
書に通底するのは、大衆娯楽の一ジャンルである映画を<見る
>という行為を、アカデミックな研究手法によって、高次元に
意識化しようという目論みである。映像に表れるものは、一体
何を意味するのか、あるいは逆に隠蔽されているものから、ど
のようなメッセージを受け取るべきなのか、これらの問いに丁
寧かつ大胆な分析によって迫っていく。
著者がこだわるのは、あくまで「観客」の側からの<観る>
という娯楽=快楽を基本的な出発点としていることであろう。
そののち、映画学の確かな知識に裏打ちされた分析を経て、<
見る>という行為の意識化へと向かう。それは複層化された<
視座>と言い換えることもできよう。映画というジャンルに運
命的に備わるカメラワーク/観客という二重視点、あるいはロ
マンス・メロドラマ/欲望・暴力という二重性を前景化するこ
とによって、「大衆娯楽」が遠ざけてきたかに見えるジェンダ
ーと戦争のテーマを語り得る文法を用意してくれている。
クラシックなものは苦手という方には、まず第1章を読んで
から『レベッカ』を観ると映画のリテラシーが上がっているこ
とが実感できる。また、これから映像文化研究を志そうという
学徒にとって、膨大な脚注と参考文献はきわめて有用な羅針盤
となるだろう。