山の世界を知らない読者にも、人間社会が全てじゃないって教えてくれる
★★★☆☆
山のエッセイ、十六編のアンソロジー。
「本書を編むにあたって心がけたのは登山者の視点を捨て去ることだった」と、編者はあとがきで語っている。
僕も♪山男にゃ惚れるなよ~の「山男の歌」や♪俺たちゃ町には住めないからに~の「雪山賛歌」の頃から、今の“山の世界観”がどれだけ変貌を遂げているのか、そんな興味もあって本書を手に取った。でも、根底にあるものはあまり変わっていないのではないだろうか。自然に相対する時、人は自分がちっぽけな存在であることに気づく。一方で世間の人が知らない世界を自分は知っているという優越感、特権意識も芽生える。そうした謙虚さと傲慢さが裏表なのが“山の世界観”なのだと思う。傲慢さがあからさまに出ているエッセイは皆無だけれど、街で暮らすことへの懐疑、そして山の世界を知らない人に対しての多少の優越感みたいなものは感じられる。都会生活を送っていると人間社会=全世界と思いがちだが、厳しい自然の中に身を委ねると、メタレベルで人間を捉える視点が芽生える。決して現実だと思っている社会だけが世界じゃないんだと。そういう点で、山の世界はヴァーチャルの世界にも類似しているし、アルピニストはもしかしたら元祖おたくなのかもしれない。自己存在感は確実に「街」ではなく「山」にあるのだと思う。そしてそれは悪いことじゃない。嫁さんや子供放っても行きたい魅力があるんだから、そりゃしょうがないさ(このエッセイはうまく折り合いをつけている人たちの手によるものですが)。
本書は山の世界を知らない読者にも、人間社会が全てじゃないってパースペクティブを与えてくれるし、人間主導でこのまま行ったら、この先、地球はヤバイって危機感も与えてくれる。
もうちょっと文章が良いと、読み物としても楽しめるんですが。これ「達人の山旅」ってシリーズのようなんで、そっちは今後に期待したいと思います。