より良い社会を求めるための実験は続けなくてはならないだろう
★★★★☆
上巻の回顧録調から打って変わって、下巻では著者から見た世界経済の現在と未来が語られている。まずは日本や欧州、中南米など、世界経済のキーとなるような国の経済政策のこれまでの傾向について語り、エネルギー問題や高齢化問題など、今後の世界経済の大きな課題の原因を、新自由主義的な視点から分析している。日本の経済政策に対する分析や、アメリカの教育問題に関する分析など、かなり率直に思ったことを語っているように見受けられる。
ただ、大きな課題設定としては適切だとは思うのだが、その解決は全て新自由主義によるのが適切だと言う単純さは、心霊現象の原因は全てプラズマだ、という思想に似た危うさを感じる。確かに、経済は市場を無視して成立するものではないが、市場は非常に大きな力には容易に屈するものである。市場はその過程において正しいかもしれないけれど、結果が最善とは限らないと思う。
物理学では、古典力学で大きな物体の動きが説明できるようになり、量子力学により非常に小さな物体の動きが確率論的に予測できるようになった。そして古典力学は量子力学の近似として説明できることも分かった。つまり、非常に小さな原子の動きも、それが寄り集まって出来た星の動きも、根本的には同じ理論で説明できるわけだ。この理由の一つは、同じ種類の原子は全く同じ性質を持つことにあると思う。つまり、どの原子を選んでも、種類が同じならば挙動は同じなのだ。
一方、経済学は人間の行動を予測する学問だ。そして経済の構成要素たる人間はそれぞれ異なる。このことが予測を難しくしている。確かに大部分の人は同じ状況では同じように行動を取るかもしれない。しかし、他人より儲けようと思い実行できる人は他人と違う行動を取る。これが経済学が理論として完成し得ない理由の気がする。
さらに問題なのは、大金持ちの経済に対する影響力は、普通の人たちの経済行動をほとんど無視できるほど大きいということだろう。こう考えると、経済における人の集団は必ずしも均質とはいえず、寡数の大資本家の影響によって左右されることもありうるだろう。だから、市場が全体にとって最善の結果をもたらすわけではないと思うのだ。
市場は確かに正しい。しかし、正しくない行動をする人にも最良の結果をもたらすために、より良い経済政策のあり方を探す姿勢は失わない方が良いだろう。
「経済ポピュリスト」への警鐘乱打
★★★★☆
回顧録である上巻に対して、下巻は今後のアメリカや世界の経済政策の課題とそれに対する経済論考となっている。共通して伝わってくるのは、政策の合理性をおびやかす「経済ポピュリスト」に対するグリーンスパンの強い懸念である。
上巻を読んで意外だったのは、90年代を通じてアメリカの財政は黒字を保っていたという事実である。そのような実感はなかった。グリーンスパンは、フォードとクリントンを高く評価している。連邦政府の中長期的な運営合理性を堅持し、選挙民におもねらなかったからだ。言い換えれば、彼らの政権がグリーンスパンの提言や考え方に忠実だったとの自負なのだろう。
前半は、米国、中国アジア、ロシア、中南米各国の経済政策をふり返るが、そのテーマは「成長」「財政と福祉」「経常収支と債務」「グローバリゼーション」「金融市場の統御」「規制」といったマクロ運営のあり方である。後半は、「格差」「高齢化」「エネルギー問題」といった21世紀前半の世界が直面するホット・イシューをあげている。
驚きでもあり、失望でもあるのは、わが日本のことがほとんど触れられていないことだ。金融機能不全に対する宮沢大蔵大臣(当時)や年金破綻懸念に対する官僚のコメントがあまりに浮き世ばなれしていたことのみが紹介されているだけだ。おそらく、日本のエリート・テクノクラートの過剰な自信と、いかにも選挙民を見下し軽視する姿勢に鼻白んでしまったのだろう。
その後の、「聖域なき改革」という看板をかかげ異常に盛り上がった小泉劇場と、「格差社会」「年金批判」「ガソリン国会」「後期高齢者医療保険」などなど、いまの与野党あげてのポピュリズム合戦についてのグリーンスパンの感想が聞きたいものだ。
経済学の入門書にピッタリ!
★★★★★
本書は資本主義の基礎を学ぶ本として優れていると思います。
私がアメリカに留学していたころ経済学の授業で500ページをあろうかという教科書を何冊も読まされましたが、本書はそれに相当する良書です。彼の言ってる事が全て正しいかは疑問ですが、少なくとも人生のほとんどを経済に掛けてきた人として一聞の価値はありです。資本主義の根本は分業にあります。個人がそれぞれの欲を追求することによって結果としてうまく回っている。そしてグリーンスパンは自分の興味がもっともある経済という分野について研究を重ねてきた人物。本書を読む事はプラスにはなれどマイナスにはなりません。
われわれも明るい未来を思い描けるような構想力を持ちたい
★★★★☆
元FRB議長であったグリーンスパンの自叙伝と世界経済の展望を記した書物である。
前半は、バンド奏者から大統領顧問になるまでの成功物語で、よくあるアメリカンドリームのひとつにすぎない。
後半になり、一流の経済運営をしてきたグリーンスパンらしさが感じられる。「グローバリゼーションと規制」、「教育と所得格差」、「高齢化する世界ーだが支えられるのか」、「コーポレート・ガバナンス」、「長期的なエネルギーの逼迫」などなど、現代の世界(そして日本も)が抱える多くの問題に、著者なりの考え方を提示している。最後の「未来を占う」では、多くの問題はあるにせよアメリカの経済は2030年には、現在よりも4分の3大きくなっていると予測している。というより、将来は明るいと予測することこそが、人類が逆境に耐えて進歩していくための処方箋であるとしている。
残念ながら本書では、日本に触れられている部分は少ないが、われわれも明るい未来を思い描けるような構想力を持ちたい。
長期投資家に必読の書
★★★★★
上巻以上の出来。彼の基礎哲学(スミス、フリードマン等)と各国評価が一貫している論理性は凄い。彼の見る、中国・ロシア・インド・英以外の欧州への警報は確かに受取った。これらの指標が警報サインとして出現したら、それらの国は「売り」であろう。投資家は一考すべき。
教育、所得格差、環境、エネルギー、年金・医療問題にはエコノミストとしての処方箋が示されていて、参考になったが、最適解ではないかも。金融サイドからのみの提言の限界は、私自身は認識している。
彼のユーモアは貴重だ。70歳のプロポーザルで5度目(相手は3度目と認識)でやっと相手に通じたとか、スピーチがやっと理解できたという聴衆のコメントに対する在任時代の曖昧模糊表現への切返しなど、クスクス笑える場面も多い。私もGSのガールフレンドになり、世界経済を是非議論したいと思える。