本書にえがかれている変化は一言でいえば、武士が荒々しい戦闘者から組織の一員たる給与生活者へと到る道筋です。まだまだ戦国の遺風が残る江戸初期の武士は、やれ昨日は勤務外の仕事をしたから疲れただの、どうも朝起きるのが苦手だのと言ってはあたりまえに遅刻欠勤をし、仕事中でさえ勝手に昼寝を重ねるぐうたらかと思えば(このテキトウさは我々がふつうイメージする「武士」とはかなり違っています)、刀の鞘がちょっとかち合っただけで、いきなり路上で殺し合いを始めてしまったりもする大変扱いにくい生き物でした。
しかし、戦場で命を張るのがまず仕事だった戦国時代が終わり、徳川安定政権のもとで幕府と各藩が組織を整え、ルーチンワークで毎日を組み立てていくようになった新しい時代では武士もそんないい加減では困ります。そこで、組織の側は皆勤賞や遅刻欠勤の罰則などによって武士の時間を細かく管理するようになり、また、以前は鼻先を横切られれば即修羅場を現出した大名行列も、できるかぎり通行人の無礼をガマンするようになります。一方では、大使館として一種の不可侵性をもっていた「藩邸」も、火事への対策などを理由にしてわずかずつですが幕府権力に踏み込まれるようになっていくのです。また武士の私生活においても、主君と家臣というタテの論理を破壊しかねない過激さをもった恋愛=私的関係である「衆道」その過激さにおいて衰弱していくことになります。それらの「時間」や「場所」などの管理化を支えたのは、時計というテクノロジーの積極活用や、各藩の藩邸がひしめく人口過密都市江戸のスムーズな交通と安全を確保するという「都市の論理」、さらには「組織の論理」でもありました。
そして最後に武士の課題としてたちあらわれるのが、戦で早死にすることがなくなったからには必然的におとずれてくる「老い」の問題です。著者はここで、家人に早寝早起きを強制し(かなり迷惑な主人です)、自らもひたすら長生に精進するほとんど「健康オタク」のごとき旗本、天野長重をとりあげています。しかし偏執的な「健康オタク」に見えるこの天野長重も、その長生き指向は主君に仕える武士という職業倫理と一族を指尡する長としての明確な責任に支えられたものでした。彼の長生き指向は現代の「健康オタク」のような単なる自己目的ではなく、武士としての着実な人生設計だったのです。その点に、我々は転換期に人間いかに生きるべきかのひとつのスタイルを見ることもできるでしょう。