論理とパトスの融合
★★★★★
日本史の教科書は、難しいところをうまくごまかしていることがある。武士の発生もその一つだ。
教科書によれば地方の有力農民が勢力拡大のために武装し、一方畿内の豪族が朝廷に武芸を以て仕え、
両者が交流して云々とあるが、どの様に交流したのかはブラックボックスである。
この巻では、そのブラックボックスを古代国家の軍制、そして軍事技術の革新という側面から
システマティックに解き明かしている。「中華帝国」であろうとした律令政府の外交方針、
その下で採った軍団制は対外進出のための軍制だったこと、それを維持するための班田収授・・・
様々な制度が一つの大前提からするすると導き出されてくるさまは読んでいて小気味よい。
そうして、その大前提たる外交方針が崩れた時、律令国家は王朝国家へと変化し、国家の軍制の中に
武士が現れるのである。武士の軍事技術についても、騎馬を得意とする蝦夷(俘囚)との交流に視点を
あてて描いていて、ただただ面白い。
しかし、これは単に論理一辺倒の書ではない。源氏と平氏の組織力の差を語る時には、源氏は後三年の役での
凄惨な攻防戦という共通の苦難の体験があったからこそ、強固な組織力を保持し得たのだと熱弁する。
これは、もはや論理だけでは語れない情念の世界である。
この著作を受け容れられるかは、この論理とパトスとの融合を受け容れられるかにかかっているだろう。
自分はそれに打たれてしまい、当シリーズの他の巻にもまして熱中して読んでしまった。
寄進地系荘園の成立などやや弱いのではないかと思われる箇所もあるが、古代から中世への一大転機を
鮮やかに解き明かす名著であることに変わりはない。
日本刀の起源は蝦夷の刀にあった
★★★★☆
本巻のテーマは、日本の中世社会を生み出した主導勢力である武士という存在が、いつどのようにして登場したのかである。特に興味深かったのは一般の歴史書ではあまり紹介されることのない、武士の戦闘技術にも光をあてていることだ。中世武士の馬を駆けながら長弓と太刀で戦う戦術が、狩猟採集メインの生活を過ごし騎馬にたけていた蝦夷の戦術を継承していること、また蝦夷が使っていた蕨手刀(柄尻が蕨の芽のような形をしている)を改良するなかで、長くて反りのある日本刀独特のフォルムが生まれたということを教えてもらった。
武士の成長と院政
★★★★★
~ 武士の起源、院政の実態など新しい知見を盛り込んだ最新の概説書。たとえば、武士は土地を自衛するために発生したものではなく、国内各地に強制移住させ、管理支配していた帰属蝦夷の騎馬戦術を習得した者たちの中から生じたとするなどの見解が、具体的な例を引きながら語られる。
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70年代にベストセラーとなった中公版「日本の歴史」全巻(最近再び文庫で刊行されています)を夢中になって購読した身には、30年間の間にここまで進んだかと感慨を抱かせるものがありました。~