それも爛熟期の江戸ではなく、大きく変わろうとしている頽廃の香り高まる幕末の江戸なのだ。世は風雲急をつげ、世相は乱れ、庶民は日夜遊興に耽ることばかりを考えている。今の日本では考えられない世界だ。だが、魅力ある世界だ。そういう点で、江戸というのは特異な時代である。その当時にしても上方(大阪、京都)とはまったく違った世相だったのである。
本書を読めばそういった事情が手にとるようにわかる。その上歌舞伎の傑作「三人吉三」の魅力ある世界にもどっぷりと浸れるのだ。このアクの強い物語の運命的なことといったら因果というものを、これでもかとわからせてくれる。現代でも充分に理解できるおもしろさだ。
作者の語り口も平易でわかりやすい。これなら、中学生ぐらいの子でも読めるだろう。
生真面目なイメージをもっていた江戸時代の、その頽廃的な様子。幕末という激動の時代に生きながら、遊びを楽しむ江戸人たち。そして「三人吉三」に出てくる小悪党たちの魅力。
この本のおかげで「三人吉三」はもとより、歌舞伎を観る楽しみが増えた。
本書では歌舞伎のせりふ廻しはもとより、江戸の町の情景、風俗、着物の細部にいたるまで、丁寧に活写され、歌舞伎好きなら、眼の前に情景が浮かび、音曲が耳に聞こえるだろう。まさに読んでいてわくわくさせる内容である。
本書に『絵本夢の江戸歌舞伎』(岩波書店)を併せて眺めれば、ビジュアル的にもOKである。
歌舞伎の世界にちょっとでも足を踏み入れた人になら、実感としてわかるだろうが、高校で学んだ古典や国語とはまったく別の、同じ日本語とは思えないほど、意味のわからない言葉がたくさんあることに驚かされる。それらをかなり丁寧に解説している本書は、歌舞伎鑑賞ばかりでなく、古典学習のサブテキストにもなりうるだろう。
小林氏は関西の出身。相対的な視点で江戸の情景を切り取っているため、「江戸っ子でげす」といったようなヘンな思い入れがない。この調子で、白浪五人男とか、助六とかもぜひぜひ書いていただきたいものである。
生真面目なイメージをもっていた江戸時代の、その頽廃的な様子。幕末という激動の時代に生きながら、遊びを楽しむ江戸人たち。そして「三人吉三」に出てくる小悪党たちの魅力。 この本のおかげで「三人吉三」はもとより、歌舞伎を観る楽しみが増えた。