イスラームと「聖戦」の本質について理解できる良書
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イスラームの信仰は力ずくで強制される性質のものではないこと、聖戦とは単に国境線や民族などを守るために戦うものではなくもっと精神的に大切なもののためであること、等が説かれている。文体はやや硬派だが、哲学書・宗教書を読んだ経験のある人には読みやすいだろう。イスラームが、ナショナリズム・社会主義運動等の形をとっていれば容易だったにもかかわらず、あえて苦難の道を選んだことに言及している。また、共産主義は「階級が逆転したローマ社会のようなもの」であるとして、一線を画している。聖戦の目的は人間性の解放(=人間を人間に隷属させることのない状態、日本式に言えば「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」)であることにも言及している。イスラームの本質を追究していけば、必然的に国家の支配下から離脱した状態になる、というしくみが説明されている。国境線や民族という枠から物事をとらえがちな日本人にとって、イスラームの普遍的な(あるいはグローバルな)考え方や構造を理解できる点で、おそらくイスラーム関連の日本語文献では最高レベルの本。
意義の多い一冊
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本書はエジプト・ムスリム同胞団のイデオローグであった
サイイド・クトゥブが獄中、書き上げた著書
『道しるべ(マアーリム・フィッタリーク)』の邦訳に、
翻訳者たちの手による解説を付けた一冊である。
内容としては原始イスラームへの徹底した回帰思想にあり
西洋諸国のみならず、現在のアラブ諸国も
ジャーヒリーヤ=無明時代=西洋的価値観に支配された状態
として批判、近代国家のありようを認めないという先鋭さにより
エジプトナセル政権に危険視されたのも肯ける。
クトゥブは『道しるべ』の発刊が国家反逆罪にあたるとして
死刑判決を受け刑死している。
クトゥブは本書を記し、刑死したことにより
イスラーム原理主義の精神的教祖となっている。
ウサーマ・ビン・ラディンの言動や、そのグループが行ったとされる
西洋文明に向けられた数々のテロ、ジャーヒリーヤ
=西洋的価値観に支配された状態への攻撃的姿勢
(「ジャーヒリーヤとの妥協は不可能」、
「説教もジハード・ビッサイフ=剣による聖戦も同じ意義を持つ」、等)
も、『道しるべ』から採られたものだとされる。
その狂信的・攻撃的側面ばかりが注目されるイスラーム原理主義だが
彼らの根本思想を原点から知ることは意味のあることだろう。
類書があまりない、という点でも意義の多い一冊。