2008年度翻訳ミステリのベスト級の傑作と確信しますので、ぜひお読み下さいね。
★★★★★
イギリス・オックスフォード大学の英文学教授を勤める傍らミステリー作家として名高い巨匠イネスが1940年に発表した長編第6作です。私は著者の作品に、昔から格調が高過ぎて難解な訳文というイメージを抱いて敬遠気味でしたが、今回本書を読んで大間違いに気づかされ嬉しい驚きを発見しました。著者の産み出した名探偵アプルビイ警部は、そこはかとないユーモアを漂わせた不思議な味わいの持主で、本書でも途中までは慎重ですが最後まで読むと成る程なと深く納得させてくれます。さて、本書も第一章の出だしは、やや堅苦しい文章ですが読み進めると次第にほぐれて来ます。少し残念なのは登場人物表がついていない事で、最初は人間関係の把握に苦労されるでしょう。物語は田舎の修道院跡に暮らす主人バジルを訪ねて年に一度大勢の家族が集まる機会の或る夜、書斎で拳銃による殺人未遂事件が起こります。しかも重態で見つかった被害者はバジルではなく別人で、果して間違ったのか当人を狙ったのか不明という複雑な様相を呈し、その夜夕食に招かれていたアプルビイ警部が早速捜査に乗り出します。本書の趣向は、登場人物七人による七通りの推理が披露されるという推理の饗宴が味わえる所ですが、何とそれは全て間違いなのでした。最終的な真相はギリギリまで明かされませんが、恐らくミステリーを読み慣れた達人の方でも容易には正解出来ないでしょう。これ以上は書けませんが、唖然として開いた口が塞がらず茫然自失となる事請け合いです。きっと、ずるいよと文句をいう方も出ると思いますが、私は大らかに受け止めたいです。私は本書は今年2008年に出版された翻訳ミステリー作品の中でかなり上位まで行けそうな傑作だと思います。(もしハズレたらお許し下さいね。)それにしてもこんな傑作が未訳で残されていた事に驚かされましたので、古典ミステリの発掘には今後も大いに注目して行きたいと思います。