読みやすいみごとな文章の本格的な思想史・エセー
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本書のよいところ。文章が流れるようで読みやすいこと、しかし、著者は誠実な書き手なのか、とてもしっかりした文章なのが印象に残った。内容は、カントからヘーゲル、ニーチェ、ローゼンツヴァイク、ハイデガー、アドルノ、アーレント、ハーバーマスの諸思想を「語る」。わかる範囲でいえば、それぞれの解釈はとてもオーソドックスで全く山っ気はなく、それだけにしっかりと説得力があるが、かといって、月並みで退屈ということがなく、却って著者の独自性がとてもよく出ているような気がした。単なる知識の披瀝ではなく、咀嚼し自分の言葉で語っているためだと思う。明治生まれの研究者の文章に往々このようなものがあったが、現代の著者でこのような人がいることはとてもうれしい。「戦争の後」という観点で思想を検証しているとのことだが、読んだ印象を言うと、むしろもっとジェネラルに語りえており、各思想を、当の時代・歴史を交えながら語っており、それが分かりやすいものにしてくれていたと思う。個人的に興味を惹いたのは、ヘーゲルは著者の十八番として別格だが、それ以外には、ニーチェとローゼンツヴァイク。ローゼンツヴァイクは、本書の著者が翻訳も出しているとのことで、ぜひ読んでみたいと思った。本書で名前しか知らなかったローゼンツヴァイクにとても興味を持つことができた。ヘーゲルに就いては「精神現象学」の「良心」の問題を検討しているところは自身の興味に重なり興味深かったが、「法哲学」における「悪」の問題が度外視されており、現象学から法哲学への社会哲学の転換が語られていないのは少し不本意な気はした。ニーチェは、自分としては世評がなぜかくも高いのか分からない思想家だったが、本書の語りのおかげで、興味が湧いてきた。ニーチェを語る多くの論者は、語る前から興奮してただ、凄い凄いという気持ちばかりが先行していてえてして話にならないが、本書はきちんとニーチェの言葉と背景を説明してくれていたと思う。著者のもう一つの十八番のアドルノについては、既読のどの解説をも凌駕する素晴らしいものだと思うが、「アウシュヴィッツの後、詩を書くことは野蛮だ」というメッセージについて、アウシュヴィッツの名称を出すことで疑問も反論も持たせない脅迫的な厭らしさはやっぱり払拭できなかった。あの惨事が再現されてはいけないことは当然として、なぜ詩を書くことや他の行為に対して制約をかける権利があるのか、必ずしも明らかではない、というのが正直なところだと思う。そういう疑問を持つことさえ恥だと言わんばかりの風潮があるのは頂けないし、本書を読んでも必ずしも解らないところだ。そのほかでは、ハイデガーとカッシーラーの関係については興味深い論述があった。ハイデガーの解説も要を得て簡潔、過不足なくも興味深い。全体として誠心誠意の良書だと思う。
カント以降のドイツ思想史
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通常「戦後思想」といえば、第二次世界大戦後の思想が想起されるだろう。とはいえ人間は、絶えず戦争をしてきた以上、それ以外にも「戦後思想」は当然存在する。「戦争」をくぐり抜けてきた思想は皆、戦後思想である。本書はこの観点から、カント以降のドイツ社会思想史を通覧する。
永遠平和論のカントを露払いとして、ナポレオン戦争(フィヒテ・ヘーゲル)、普仏戦争(マルクス・ニーチェ)、第一次大戦(ローゼンツヴァイク・ハイデガー)、第二次大戦(アレント・アドルノ)が採り上げられ、最後にハーバーマスが論じられる。
本書の記述は読み易く、議論の運びも丁寧。また、筆者独自の見解が端々にみられ、さらなる展開が期待されよう。加えて、日本では軽視されがちなユダヤ思想にも目配りがなされている。まことに興味の尽きない一冊だ。ひろく繙読をすすめたい。