「運命の5分間」の虚構を暴く
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大岡昇平は「レイテ戦記」の中で「軍人は平気でウソを書く」と注意を喚起していたが、淵田美津雄・奥宮正武共著「ミッドウェー」で述べられて定着していた「運命の5分間」が、実は艦隊司令部が思い込みから独断で作戦変更したことを覆い隠し美化しようと創出されたものであることを著者が突き止めた。
だからハリウッドが1976年に制作した映画「ミッドウェー」では海→陸→海と兵装転換を繰り返し、あと5分で全機発艦できるというときに米軍機に爆撃され、魚雷、爆弾が誘発し大火災になったという「淵田戦史」に基づいて描かれていた。
しかし著者は記号と数字と固有名詞だけで成り立っているような文章の「第一航空艦隊戦闘詳報」を読みこなしてそこに作為があることを確信、当時の航空参謀を問いただして、第二次攻撃隊は艦船用の兵装のまま待機と連合艦隊司令部からは強い指示が出ていたのにも関わらず、空母艦隊など現れないと勝手に判断して始めから陸地攻撃用の兵装であったことを突き止める。実は索敵機「利根」四号機から敵の存在を知らせる無電が入っていたのに、艦隊司令部の判断の遅さが敗因だった。
その後、旧海軍関係者からの激しい妨害・嫌がらせにあって自分が信じられなくなるほどだったが、戦史研究家の半藤一利氏の励ましで発表することになった。この本が「友永大尉」を描くところから始まっているのも海戦史の虚構を描く上での伏線になっている。
なおこの本には載せてないが、空母「蒼龍」艦長柳本柳作大佐という人の写真を一度見て欲しい。どんな説明より多くを語ってくれるだろう。
『滄海よ眠れ』との出逢いを感謝したい
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伝聞でしか語れなくなった「歴史」がある。
時間の壁に阻まれ辿り着けそうにない「真実」がある。
未来ある若者たちを襲った<異形の死>。その記録はどこに?
日米双方のミッドウェー戦没者遺族の消息を探し出し直接会って故人にまつわる話を聞くという、作家=澤地久枝が示した途方もない<こだわり>。
誰かが為さねばならない「使命」なのか。誰かがいつかは挑んだであろう「偉業」なのか。
ギリギリの所で聴き取りが間に合った僥倖こそを、率直に噛みしめたい。
米軍の容赦ない艦砲射撃に曝され、逃げ惑い、最後に友軍から見捨てられる悲惨な沖縄地上戦を生き延びた老人たちが、聞くに忍びない想像を絶する体験談を語る。
頁を繰る指が震え、辛すぎて文字を追えない。涙がこぼれ落ちるのを、止められない…。
味方戦闘機の援護なく零戦や対空砲の餌食となり全滅した米海軍雷撃機中隊員の遺族。真珠湾そしてミッドウェーと息子二人を相次いで喪った母親。戦死した父親の面影を追う<忘れ形見>である娘。作家は、遺族が抱えざるを得なかった苦しみや悲しみを、敵味方関係なくあるがままに受け止めようとする。その公平さ、行動力の凄さに頭が下がる。
「戦没者」という一括りで語られることを死者が拒絶するかのように、生身の温もりを持った人間が紡いだ物語が、等身大の戦争体験が、読む者の胸をえぐり心を鷲掴みにし、切なさに呆然となる。十五歳の少年水兵の戦死で終わるこの<鎮魂の書>と出逢えたことを感謝したい。
ベストセラーとは無縁でも、一生のうち一度は読むべき書物があるとしたら、まさしく『滄海よ眠れ』がそれである。残念なことに再版されずにいるので、図書館で借りるか、古本屋で手に入れなければ読むことができない。そんな現状が無性に腹立たしい。歴史の重層がもっと多くの人に知られ、次の世代へと語り継がれてゆくことを切実に願う。
女たちのたたかい
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戦争は男たちのもので、女たちはその無事を祈るしかなかった。一巻の友永大尉と二人の女性、二巻のM大尉夫妻、三巻の三上大尉夫妻、他にも日本側の下士官夫妻からアメリカ側の夫妻まで、夫婦とは、戦時下の愛とは何かをせつないほど知ることができる。また、海戦自体の史料としても膨大な資料、精力的な取材により日本にはタブーと思われるような事実も書かれていて興味深い。戦争に興味のない女性にも読んでもらいたい。
苦痛に満ちた鎮魂の歌
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全3冊を纏めて扱う.ここでは私だけの感想を述べる.余りにも酷い話が連続するので,読み通すのが苦痛だったが,著者の異常な気力と筆力に押されて何とか読めた.読んで良かったと思う.最も勉強になったのは,萬葉集巻五の山上憶良の貧窮問答歌がそのままあてはまる殆ど古代的なまでの日本の貧しさで,この極端な貧困の上に '世界一' の帝国海軍があったのだ,と言う事実である.それだと言うのになんというでたらめな指揮形態をとったのか.敵は Nimitz 大将の作戦通り犠牲を辞さずまっすぐに空母全滅を目指し,その通りになったのだ.きょうは東京大空襲の日である.この海戦の犠牲者の何十倍もの民間人たちが,作戦通りに殺された.この人達に鎮魂歌を書くことはもはや不可能である.忘れないことだけが残された道だろうか.
当然ですが、戦死者にもそれぞれのストーリーがあるのです。
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本書は、日米が戦ったミッドウェー海戦(1942)において戦死したすべての個人(日米問わず)を初めて特定し、遺族への取材で、彼らの生きた証を明らかにしようとするルポルタージュです。本書を手に取ることにより、ミッドウェー海戦は歴史の一頁を離れ、現実のものと実感することができます。そこには、教科書の一行でない重みが感じられます。戦死者ももちろんお気の毒ですが、その遺族たちの苦しみも、とくに敗戦国である日本は、並大抵ではありません。国家が、もはや戦後ではない、と語っても遺族にとっては、生きている限り続くのです。
残念ながら、戦争は過去のものではありません。毎年、多くの人命が戦争で失われます。賢者は歴史から学ぶ、と言われますが、歴史は教科書からのみ学ぶものではありません。歴史に残らない、声なき声を集めた書物として多くの方に本書を読んで頂きたいと思います。戦争をよりリアルに判断する力を養う一助となります。