「文章を読む」人向け。
★★★★★
『ゾティーク幻妖怪異譚』です。
『超未来の頽廃した世界を細密な描写で築き上げた、ラヴクラフトの盟友による傑作群を、本邦初となる全篇収録の決定版で贈る。官能の美と絢爛たる夢想が彩る、幻想怪奇小説集』
元は詩人で「ポセイドニス」「アヴェロワーニュ」「ヒュペルボレオス」など色々なシリーズを書いているスミスが著者です。
スミスは、ラヴクラフトやポオなどと比較すると知名度的に足りない気もしますが、間違いなく幻想怪奇小説の巨匠の一人です。
本書は、太陽が老化した後の地球最後の大陸ゾティークを舞台とした短編作品集です。全17編収録。
ゾティークの地図が載っていれば、なお良かったのに、とは思います。
どの話も短編ということで、ストーリー的には物足りなさも感じますし、いずれも似たようなパターンの話が多いのも事実です。が、あくまでも卓越したゴシック風文章と翻訳による異世界の雰囲気を味わう作品ということで、充分に読み応えがあって楽しめる作品です。
巻末の、訳者による解説も分量があって読み応えがあります。
その解説部分に、スミス自身が描いたイラストが数点載っていますが、本文には挿絵はありません。表紙イラストは本文内容の雰囲気を充分に表現していて良いですが。
巻末解説にあるような「アイディアとプロット重視」という向きにとっては多少食い足りない部分もあるでしょうが、小説というのはまさに文章を楽しむ媒体であり、映像などではなく文章だからこそ不気味さやおどろおどろしさ、爛熟の果ての退廃の美しさとほのかな官能を、かえって良く表現できていたように感じます。
評価は★5です。
上記に列挙した、他の世界の作品群をまとめたものも読んでみたいところです。
死と官能の魔術世界
★★★★★
H.P.L.作品では「クラーカシュ・トン」と呼ばれているクラーク・アシュトン・スミスの短編集です(解説には「クラーカシュ・トン」のサインもあります)。様々な共通の固有名詞や出来事が複数の作品にちりばめられ、それらを追って行きつ戻りつしながら読んでいくと、ゾティークの恐怖の姿が次第に明らかになり、その中核にはH.P.L.的な彼方の存在があることが見えてくるという構成です。
作品の中での説明によると、ゾティークはこの地球の未来の姿だということになっていますが、現在の文明との連続性がほとんどなく、完全にガレー船と馬と魔術の世界です。そのため、コリン・ウィルソンがH.P.L.作品に見いだしたような「地球の文明史」的要素は感じられず、普通のファンタジーワールドという印象の方が強くなります。また、多くの作品が官能的要素を含んでおり(命からがら逃走する夫婦から、イケメン青年を誑かす妖女まで)、これもH.P.L.とはだいぶ違う感じです。
裏を返せば、これならH.P.L.のコズミックホラーに乗り切れなかった読者にも楽しめるのではないかと思います。けだし、東逸子さん描く蠱惑的な表紙画がなんと良く合っていることかと。
生涯を「夢」に書けた芸術家の傑作群
★★★★★
クラーク・アシュトン・スミスは手がけた作品だけではなく、彼の人生そのものが実に波乱万丈で非常に興味深い人でした。
詳細な説明は訳者の手になる解説に譲りましょう。解説そのものが「言葉の魔力を駆使する吟遊詩人」という題名であることだけ紹介すれば十分だろうと思います。
作家であるよりも前に「詩人」であったスミスは、語彙を豊富にするためにラテン語を独学し、ウェブスター辞書を何度も精読するという修行を自らに課し、その結果を見事に花開かせています。
絵画に彫刻、いずれをとっても実に優れた芸術家であった彼の作品は、描写がとにかく映像的で、どこを読んでも実にいきいきと目の前にその情景が活写されて映じてきます。
この時代の人にしてはけっこうなモラルコードぎりぎりのきわどい作品もあり、時には残酷、鬼畜的であり、時には耽美、華麗なる文体を駆使して彼の脳裏に映じたはずの別世界を見事に文字にしています。
異様なまでのリアリティーや、それでいておとぎ話を読んでいるような謎めいた結末や、冷酷なまでの無常さを感じさせる幕切れなど、バラエティーに富んでいます。
忘れてはならないのは、これらがみな1930年から50年の間に書かれたものだということ。
それらの時間を忘れさせる、極彩色の魔法と不思議と怪異に満ちた素晴らしい作品群です。
あのラヴクラフトが心酔していた幻想作家にふさわしい幾度目かの脚光の契機に本書がなりそうなことを心から嬉しく思います。
絢爛と腐臭の暮れゆく地球
★★★★☆
パルプ時代の作品はどうも性に合わない。陳腐というか、チープというか。そんなわけで、これもそんなに期待してなかったんだけど、予想外になかなかのアタリ。お約束どおりの展開が、逆に残酷な運命の輪からは逃れられない物語の描写に一役買っている。エピックファンタジィとコズミックホラーを足して、独特のオリエンタリズムを包み込んだような世界観も魅力的。
基本的に、最後は主人公の破滅で終わる。異色・奇想好きとしては、「クセートゥラ」と「モルテュッラ」がよかったかな。