マニア向け
★★★★☆
原文を少し読んだことがあったので、創元の近刊にこの本が載った時「いったいどうするんだろう」と心配になりました。というのも、King in Yellowって、半分以上が恋愛小説のような感じだったからです。蓋を開けてみてびっくり。King in YellowやYellow sign(H.P.L.のファンならおなじみですね)が直接登場する最初の四編だけが採用されており、大部分が『魂を屠る者』じゃありませんか。なるほど、これなら怪奇小説ファン向けとして成立するなあ。
『黄衣の王』という戯曲があり、それを読んだものには恐ろしい破滅が訪れる、というのが『黄衣の王』の最初の四編の内容です。ただし、背景はほとんど描写されず、恐ろしげな固有名詞が並ぶだけ。それが却って恐怖を呼び起こすという朦朧法を使っています。もっともH.P.L.のように真の悪夢を描き出すには、並の想像力ではたりません(H.P.L.はやっぱり凄いなあ)。
『魂を屠る者』は新聞の連載小説のようなスタイルで、中国でオカルト秘密結社に拉致され教育されたヒロインが日本軍によって解放され、<アナーキズム、テロリズム、ボルシェビキといった悪魔の背景に潜む超能力者たち>を殲滅すべく、合衆国の当局に協力して戦うという内容です。正直言ってあまり面白くはありませんが、1920年ごろのアメリカにおける子供じみた反共・反黄色人種の雰囲気や、チェインバース流コズミック・ホラーを知ることができます。
訳文は原文の語感を活かしながら要所要所に意訳を交えて行くスタイル。訳者による丁寧な解説とともに、マニア向けの資料本的価値があります。四編だけで『黄衣の王』を名乗るのはどうかという気がしますが、原文は容易に見つかりますし、『黄の印』と並んで出来の良いファンタスティックな名作『イスの令嬢』を初めとして、マニアによる邦訳がネットに散見されますので、興味があったら読んでみるとよいかと。カバーはゾティークと同じ東逸子さん。ぐっときます。