様々な意味で現代を象徴する楽団の録音
★★★★☆
ドゥダメルとシモン・ボリヴァル・ユース・オーケストラ・オブ・ヴェネズエラのライヴ録音。この指揮者とオーケストラのことはすでに盛んに報じられているようだ。中南米の諸国にとって、大強国アメリカの政治的・軍事的影響下でいかにして本来的で健全な主権を持ちうるかというのは、簡単に論ずことのできない問題である。社会主義化という選択肢がある。社会主義というのは全体主義と決まっているわけではない。自由主義経済で太刀打ちできない強国から、少しでも自国の地位を保ちたいと言う場合、完全に同じ経済の土壌に入らないという主権を宣言すること、それがここで言う社会主義だ。うまくいくかどうか分からないが一つの結論としてこのベネズエラの若手からなる実力あるオーケストラと魅力的なリーダーが出現したわけである。
あとは純粋に演奏についてコメントしたい。まず全体的な印象はとにかく「洗練された表現」であるというに尽きる。スピードの速い箇所、ことに「フランチェスカ・ダ・リミニ」などすごい勢いで管弦楽が動いているのに、乱れが無く、統御が効いている。そしてやみくもな泥臭さがなく、風靡があるというのか、音楽の結び目にきちんと収まる。この指揮統率力と合奏力はほんとうに鮮やかでケレン味がなく、まずは見事。
他方、音楽に求めるものという点で、(ちょっと難しくなるが)少し物足りない部分がある。おもに交響曲の方だが、第1楽章冒頭や第2楽章など、テンポを落とすのはいいのだけれど、ここまで弱音でテンポを落とすのはやや人工的で音楽の求心力を削ぎはしないだろうか?またクライマックスはさきほど述べたように確かに洗練度は高いが、加速感よりスピード感、重力より慣性を感じる。つまり響きの重さのような「実感」が薄く思われてしまう。これは、もちろん現時点での最良の表現法を取った結果なのかもしれない。しかし、もちろん高いレベルでの話である。今後の彼らの活躍を祈る気持ちに変わりはない。
グスターボ・ドゥダメル
★★★★★
ベネズエラに、音楽で個人と組織を育てる「エルシステマ」というオーケストラ活動があることを知りませんでした。
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラと、グスターボドゥダメルは、その成果だともいう。
テレビ番組で、エルシステマの努力と、ホセアントニオアブレオによる、
「日本は武器を輸出するのではなく、楽器を輸出している国だ」
という評価を見てしまったので、冷静に楽曲の中身は評価できません。
音楽を通じて、個人の能力を高め、社会的な組織活動への結びつけるエルシステマの感動は、
チャイコフスキーの曲にはぴったりという感じです。
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラと,グスターボ・ドゥダメルの組み合わせでは、
ベートーベン、マーラーの曲もCDがありますが、ベストはチャイコフスキーだと思いました。
ドゥダメル初体験
★★★★★
最近社会生活に没頭しきりで勉強不足の私はこの指揮者“グスターボ・ドゥダメル”や、
“シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ヴェネゼーラ(SBYO)”という名前も、
2004年から始まったという“マーラー指揮者コンクール”の存在すら知りませんでした。
生の演奏会への足もいつしか遠のいており、専らCDやTVでのクラシック音楽鑑賞に興じていたある日、
TVで彼らの来日コンサート時のこの“チャイコフスキー:第5交響曲”を聴きました。
お世辞にも流麗とは言えないドゥダメルの棒さばき…
しかし、とても若く、一人一人眩しいばかりの目の輝きを放ち、真剣に楽器を奏でる楽団員たち。
不思議な一体感を持った彼らの第5番には、久々に新鮮な衝撃を受けました。
そして急いで購入したこのCD。眼を閉じて聴くとどうでしょう!?
個人的にはムラヴィンスキーや'71カラヤンEMI盤が好きなのですが、
特筆すべきは意外ながら、とてもゆったり丁寧に弦でうたわせる第2楽章の美しさ。
ついつい疾走しがちな第4楽章での、絶妙な手綱さばきでのまとめ方も見事でした。
どこか陰鬱な“ロシアの薫り”など、まったく感じさせません。
後半の幻想曲≪フランチェスカ・ダ・リミニ≫では、ドゥダメルの俊敏な動きに弦がしっかりと応えており、
弱音から強音への移行がとてもダイナミック!!
清々しい仕上がりは日頃の憂鬱を吹き飛ばしてくれました。
このCDからは、あまりにもピュアな音しか感じ取れませんでしたが、
ドゥダメルが年輪を重ね、アクの強さも加われば、彼(ら)の興味深い未来を期待できそうな予感がしました。
既発売のマーラーやベートーヴェンも聴きたくなってきました。