ホ・ジノ監督の韓国映画「八月のクリスマス」の日本版リメイク映画。地方都市で古ぼけた写真館を営む寿俊(山崎まさよし)は、病に冒され余命幾ばくもない運命であった。ある日彼の写真館に、小学校の臨時教員・由紀子(関めぐみ)が飛び込んできたことから、彼の毎日が変わり始める。
長崎俊一監督の演出は、ベタベタせず、寿俊と由紀子の交流を清涼感あるタッチで描いているが、逆に見ればこのふたりの愛情の度合いが伝わってこない。単なる友人レベルの交際にしか見えないのだ。その理由のひとつは、寿俊を演じる山崎まさよしの演技にあるのではないか。限られた日々を生きる青年という役柄にも関わらず、山崎の演技からはそうした悲しさや切実な思いが今ひとつ感じられないのだ。山崎まさよしのミュージシャンとしてのイメージに、演出がやや依存しすぎたように感じるのだが。(斉藤守彦)
5年後、10年後、年齢を重ねてまた観たくなる作品
★★★★☆
あらすじを知りつつの初見、ラスト近くになってから「ええ?そんなに好きだったの??」と、やっと分かるような写真屋(山崎まさよし)の想い。
少なくとも、観客の一人である自分には伝わってこなかった、中年男の想い。
が、二度、三度と繰り返し観ると、周囲に分からぬよう恋心を「秘め」通した、男の思いやりに気づけます。
寿命がわずかと知った人間は、生きた証を残そうと、動き、足掻き、外へとエネルギーを放つイメージがありますが、
平凡な写真屋の、しかもおじさんと呼ばれる年代の男が、若い彼女(関めぐみ)にそれをすべてぶつけては荷が重い。
生きていれば、預けた想いを消したり、下ろさせたりできるチャンスはあれど、死してはそれもできず。
写真屋はそんな先々まで考え抜き、細心の配慮を払って、
彼女を一人静かに想い続け、噴き出しそうな恋心に無理矢理蓋をし、そっと逝ってしまう。
こんな愛し方は、大人にしかできない芸当でしょう。
観る側がそれを理解できたとき、北陸の景色をなぞるように流れる山崎の「8月のクリスマス」、その歌詞が劇中の手紙の続きのように響き、胸に刺さります。
山崎は「月とキャベツ」でサントラも担当し、彼の曲が流れると映像も「鳴っている」ふうに感じたものです。
8クリでもその才能を発揮できる場面がなかったのが、惜しい。
ラストの曲が後から後から、良さが沁み出てくるだけに。彼の内に漂う、8クリの音の世界を、覗いてみたかった。
残念。
★☆☆☆☆
全体として意味の分からないカットが続いたりと
104分で、わりと重いこのテーマを扱うにしては
無駄が多かったです。
恋愛の表現に於いて
最後の手紙に綴られている愛情と
実際の二人のやりとりからは、かなりギャップが感じられます。
人を愛することを知った的表現が、かなり軽く響きました。
全体的に薄っぺらい印象でした。
好きな役者さんが多く出ていて、演技は皆良かっただけに残念でした。
駄作である。
★☆☆☆☆
韓国映画の「八月のクリスマス」ファンなので
日本版も楽しみにしていたのだが、残念ながら駄作というしかない。
まず参考までに言っておくと韓国のホジノ監督は小津安二郎を尊敬しており
映画にあたってもその影響を強くでている。
その小津監督の日本でこのリメイクの出来栄えでは日本人として恥ずかしいばかりだ。
日常生活の中で死を取り扱うのならばもう少し詩情の漂う雰囲気を出さないといけないのではないだろうか。
間のとり方とかカメラワークも2流で人物描写も中途半端で死に向きあっい、いくつもの葛藤を通り過ぎた後の人間のもつ、静寂感や透明感が伝わらず韓国版のような見終わった後にじわじわくる感動もない。
残念すぎる映画だ。
まるで北欧映画
★★★★★
〜の様な、雰囲気で和みます。
お話しの内容に引き込まれたり感情移入は、わたしは特にありませんでしたが、映画の空気とリズムが、とても心地好く、好感です。
まさよしの、圧巻の透明感
★★★★★
韓国版のオリジナルをリメイクしたものです。
韓国版のハン・ソッキュの演技はとてつもなく素晴らしく、それを超えることはありませんが、主演の山崎まさよしが透明感のある演技をしています。
ストーリーは、余命少ない写真屋さんの青年と、小学校の先生をしている若い女性の純愛物語。とてもせつない話です。韓国版の話を、いくつかの変化は取り入れながらも忠実に再現している感じです。
まさよしの歌う主題歌が、この映画にぴったりです。
静かに、感動します。