時が、10年前に失った恋の記憶を薄れさせてくれるのを静かに待つばかりの藤木。だが偶然昔の恋人・嘉悦に出会い、いまだに自分の中であの恋が終わっていないことを自覚する。出会ってしまえば二度と離れることなどできない。嘉悦の左の薬指に光るリングに罪の意識は消えないけれど。
「もっと、ずっと……いて」
帰したくない、離さないで、そんな強烈な独占欲を曖昧な言葉に紛らせて吐き出してはみるけれど、決して帰らないでと口にすることはできない。嘉悦は他の誰かのものだから……
執着すればするほど募る孤独。理性を凌駕する恋情。かつて自堕落で我がままな恋をしたことのあるオトナには、身に覚えがありますね?チクチク古傷が痛むでしょう。
崎谷さんの作品は読むほどにこちらが追い詰められる。たとえば「あの人のため」ときれいに繕った言葉の裏に、上手に隠した逃げ腰の弱さとか、「痛みは自分が引き受けるから」と犠牲を装った臆病さとか、見たくもないものまで暴いてくれる。誰でもきれいなものだけ見ていたいし、正しいことだけしていたい。それが恋ならなおさらのこと。ところがどっこい、そうはいかない恋の無様さを、崎谷さんは玉ネギの皮みたいにペロッと剥いてどんどん見せちゃう。「そこまで突っこむかぁ。イタイなぁ」と思わされることしばしば。
けれど、最後に「それでもいいんだよ」と背中を押してくれる。大人になってズルくもなったし、欲張りにもなった、それもまとめてOKだよ、と許されることの安心感。それこそが崎谷ブランドの最大の魅力ではないかと、改めて感じさせられた作品でした。
ただし惜しむらくは、イラストとのミスマッチ。このオトナ向けの作品には、おおや和美さんの清潔なキャラクターが若干可愛すぎる気が。タクミ君が目に浮かんでしまって… 贅沢言い過ぎですか?