人間わずか10万年、下天のうちに比ぶれば
★★★★★
20世紀も終り近くになって人類の祖先を調べる有力な武器として、女系についてはミトコンドリアDNA、男系についてはY染色体が研究され、遺伝子系統樹が作られるようになった。その結果、現生人類は全てホモ・サピエンス1種に属することが明らかになった。
すなわち、現生人類は15万年以上前にアフリカに存在したいわゆるミトコンドリア・イヴの集団が共通の祖先であり、その後、約8.5万年前にただ一度、出アフリカを果たした集団が、世界中に移動・分布した。2万年以上前にはアメリカ大陸にまで至っている。
本書は出アフリカを果たしてからの人類の壮大なスケールの旅を描く。著者は研究者であるがその筆力も並大抵のものではない。素人には難しい事柄もそれなりに説得力ある表現で理解させてしまう(本当に理解できたか疑問だが)。文科系にせよ理科系にせよ人間に興味のある読者には是非読んでもらいたい本である。
人類の移動や分布には気候が大きく関与している。1.8万年前の最終最大氷期(LGM)には海面は130mも下降した。地質学的な視野でみると、LGM以降に生きる現生人類は今、つかの間の温暖期を享受しているだけなのかも知れない。
もうひとつ、本書で改めて認識させられたのは、遺伝的な意味でのホモ・サピエンスの進化はその出現の段階でほぼ終わっていることである。「〜旧ホモ・サピエンスが今日わたしたちの間に生きていれば、彼らは人を月に送れるだけの知的能力が十分にあるということだ。」
尚、本書でも一部引用されているが、興味のある方はジャレド・ダイアモンド「文明崩壊」を合わせて読むことをお勧めしたい。
訳のクオリティの低さが興趣を損ねているのが残念
★★★☆☆
・現生人類はわずか15万年ほど前、アフリカに出現した単一の「種」である。
・アフリカ人以外の「人種」は、8万5千年前に、アラビア半島南部から海岸沿いにアフリカを脱出した単一の集団に由来する。
現在世界各地に住んでいる人々の細胞内の卵子由来ミトコンドリアDNAと 核内Y染色体の遺伝子分析によって明らかになった以上の事実について一般人向けに解説した本なのだが、訳者が専門家ではないためか、非常に多くの翻訳ミスが見受けられ、誰が読んでも分かりにくい本になってしまっているのが残念である。誰にでも分かる例を挙げると、本書中に出てくる race は民族ではなく、人種だと思うのだが・・・
「DNAでたどる日本人10万年の旅」(崎谷満)アダムの旅―Y染色体がたどった大いなる旅路(スペンサー・ウェルズ)(こちらはまだ明らかな誤訳が少ない)とあわせて読むのがお薦め。
人類の全地球への伝播が、理解できた
★★★★★
人類が15万年以上前、アフリカで出現してから、8万5千年前に、アラビア半島南部から、インドに向けて、海外沿いに、単一の集団によって、アフリカから出たことを、現在、地域に住んでいる人々の細胞内の卵子由来ミトコンドリアDNAと 核内Y 染色体の遺伝子分析によって、明らかになったことを解説している。遺伝子の分析だけでは、変異の起こる年代は確率的に推定することしかできないので、遺跡の分析や、氷河期の解析によって人類が踏破可能な移動経路を確定しながら、年代を確定していく。
人類は、インドから東南アジアへ、そしてさらに、オーストラリアへと渡った。また、人類は、アジアの海岸線を北上しながら、2万5千年前に、ベーリング海の陸橋を渡り、アメリカ大陸に到達し、アメリカ大陸では、海岸ルートと内陸部との二つの路をたどりながら、南アメリカまで達したことを明らかにしている。また、ヨーロッパへは、約5万年前に、最初にヨーロッパに進出し、遅れて、二度目はアジアから進出が行われた。
アジアについては、詳細な分析を行っており、縄文人も、何箇所かにわたって触れられている。「DNAでたどる日本人10万年の旅」(崎谷満)とあわせて読むと、出アフリカから、日本列島への移動が理解できる。
そのため、アフリカを出た、人類のDNAにおける多様性が少なく、生物進化という点では、人類は困難を孕んだ存在である事を、著者は、最後に吐露している。
また、この種の書籍にありがちなヨーロッパ人優越思想を、著者自身が振り解きながらの極めて詳細な分析には敬意を超えて尊敬していまう内容です。
現代人について行ったDNA解析の手法については、知っている事を前提に解説しているので、引っかかる人もいるのかも知れませんが、全体として、きわめて平易に論証されていると思いますが、何度か読まないと理解できないほどの論証がされています。
頑張って読みましょう。
★★★☆☆
本書の主題は、いわゆる“出アフリカ”以降の“現生人類”の移動の歴史です。したがって現生人類以前の旧人類、および現生アフリカ人についてはほとんど言及がありません。それはさておき、この主題自体はものすごく面白いのですが、幾つか難点が。
まず翻訳以前の問題として、やたらに専門的な記述が多く、一般読者が完全に理解するのは容易ではないと思います。(理解せずとも、大まかに内容をなぞる程度でも一読の価値はあると思いますが。)あと、基本的に文章に魅力がないですねこの人。
次に訳書の問題ですが、まず訳が下手です。まあそれは大目にみるとして、それよりも問題なのは、文献リストが削除されていることと、研究者等の人名全てにカタカナ変換が施されていること。つまり原典にあたることができないように設計されていることです。だから専門的な記述があっても専門書としては使い物にならない。典型的なダメ訳本です。
以上色々と難ありなのですが、我慢して我慢して読み進めるとそれなりに面白いから不思議です。やはりテーマの魅力ゆえにでしょうか。もっと文章力のある人が同じテーマで書いて、もっと日本語力のある人が訳してくれると最高ですね。
「人はどこから来たのか?」という問いの答えがここに
★★★★★
「人はどこから来て、どこへ行くのか?」という哲学的な問いは誰もが一度は気に掛かったことがあったでしょう。このうち、前半の「人はどこから来たのか?」については、この本に書かれているように分子生物学の発展でだいぶ分かってきました。
― すなわち、人類はアフリカで誕生し、アフリカを出たたった一つのグループが分岐して、世界中に広がった。
この著者によると、現生人類の「出アフリカ」は1回きり。その一握りの人たちが、現在アフリカ以外に住んでいる人たちすべて(ヨーロッパ人もアジア人もミクロネシアの人たちも)の祖先だそうな。
この本のよいところは、そうした人類の移動と拡散を全地球的は規模で語っているところでしょう。
人類のアジアへの進出についても、かなりの章が割かれていますので、それをもとに人類がどうやって日本列島に到達したのか思いをめぐらすのも一興でしょう。
それにしても、我々日本人の祖先は10万年かけて人類発祥の地、アフリカからアジアの東のはずれの列島まで、はるばる徒歩でやってきたというわけなのですね。気が遠くなるような話ですが、しかし、そうした営々とした営みがあればこそ、こうして日本列島に1億人以上もの人たちが住み着くことができたのでしょう。
しばし、おそらく苦難に満ちたその長旅に想いを馳せたくなります。