絵と女を愛した男
★★★★☆
この本の表紙を飾る写真、そしてページを開けた扉の白黒写真は69歳の洲之内徹である。
その顔は皺に刻まれ、どこか教会の神父に見えないこともない。
洲之内徹。画商であると同時に絵画の蒐集家。
74歳の生涯を閉じるまで、「絵」と「女」を愛し続けた男である。
一人の人間の人生というものはどのようにしてもとても描ききれるものではない。
しかし、誰だってこれを抜きにしてはその人を語ることはできないというものを持っているはずである。
どんなに平凡な人生を送っている人間でも、それは必ずある。
洲之内の場合、それが「絵」と「女」だった。
彼が過ごした日常の中で、「絵」を<図>として、「女」を<地>として見れば、彼のこれまでの生き様が浮かび上がってくる。
この本では、その趣旨からして、<地>の部分はあからさまには語られないが、彼の女性遍歴は自身の生き方、日常の過ごし方に大小様々なウネリを加えたはずである。
洲之内徹は20歳を過ぎた青春時代に、マルキシズムからの「転向」を余儀なくされた。
いや、余儀なくされたというより、それはある種、彼の宿命みたいなものだったかも知れない。
その宿命に寄り添おうと彼はその後の人生を生きるのである。
本書では洲之内徹の生き様を、彼自身のエッセイと彼を知る人々の証言から確認するという作業が試みられている。
珠玉の美術評論やエッセイがいたるところに散りばめられ、納められた色鮮やかな絵画たちは、みんな洲之内の巧みな文章に呼吸を合わせたかのように息づいている。
これらは彼の著作である「気まぐれ美術館」からの抜粋で、自らの私生活を吐露したものであり、画商として画家との繋がりを通して得た人生観であり、あるいは蒐集家として独自の目線で捉えた作品批評であったりする。
まさに洲之内徹の素描が描かれている一冊と言える。
また、彼を知る親しい人が語る洲之内も魅力的である。これらを辿ることにより「人間」洲之内徹が見えてくる。
それにしても「絵のある一生」とは当を得た題名である。
画家が渾身を込めて「一生の絵」を描くのだとすれば、洲之内徹は一生を通じてそれらと出会い、それらに囲まれながら、「美」を感じ続けていたのだ。
羨ましいとしか言いようがない。
洲之内徹
★★★★☆
本人の記述からは伺い知れない話が書かれていて面白い。
気まぐれ美術館は全館セットのお高いものしかすぐに買えるものがないので、
まだ氏の著作を未読の方はまずこちらから楽しまれても良いと思う。
気まぐれ美術館からの引用もあり、氏の人となりが知れる。
氏は経歴も芸術家に負けず劣らず過激だし、それより何より、
泥臭くて不器用だが真実味のある画家を見抜くセンスが素晴らしい。
そのセンスが一体どこから発しているのか、その一端を知る事が出来る。
確認していないが、彼の現代画廊が入っていたクラシカルなビルは未だ銀座6丁目にある様子。
来訪してガラガラ閉める扉のエレベーターに乗ってみたくなる事請け合い。
「気まぐれ美術館」訪問
★★★★★
「気まぐれ美術館」は全巻持っている。古書を探した。何度も読み返した。どこから読んでもおもしろい。特に「チンピラの思想」「羊について」は広く読まれるべきだと思う。あるいは長谷川利行、松田正平といった日本の画家が好きになった。宮城県立美術館にも行った。海老原喜之助「ポアソニエール」が貸し出されていたのが残念だった。
この多くの写真に飾られた本を眺めていると、私自身は知ることがなかった「現代画廊」を訪ねている気分になる。「気まぐれ美術館」を知る人はもちろん、知らない人にも読んで欲しい。