恐ろしくも魅力的な雪の世界
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東北関連のニュースや旅番組でしばしば引用されるこの本。タイトルを耳にされたことのある方もいるのでは、と思います。
資料的価値はもちろんのこと、バラエティに富んだ内容と詳細な描写はなまじな紀行文より面白いです。それがいわゆる「地元ネタ」に終わっていないのは、全編を貫く牧之の客観的なまなざしによるものではないかと思います。
現代とは異なる認識もみうけられますが、その洞察力と、時に冷徹にも思える筆致によって描き出される雪国の姿は恐ろしくもリアルで、読む側の想像力をぐいぐいとかきたてます。とりわけ民俗学、柳田國男が好きな方にはたまらない本ではないでしょうか。
巻末にはこの本が刊行されるにあたっての紆余曲折が載っており、山東京伝、滝沢馬琴が登場し、意外なエピソードが綴られていて、これも興味深いです。
江戸時代の豪雪地帯は今も顕在。雪の季節になると、開きたくなる一冊
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今年は何十年ぶりと言われる豪雪、本書に秘境として出てくる秋山はそのために孤立中というニュースを聞きながらひとしお感慨深く読みました。
江戸の頃、越後塩沢の商人の手によって書かれた絵入りの「雪国の話」。自然現象の「観察記」あり、越後縮など土地のものの「風土記」あり、熊に助けられたといった類の「昔話」あり、と様々な雪国の暮らしが描かれています。豪雪の地で雪と共に暮らす生活を、単なる「すごい」「こんな変わったことがある」というような興味をひくものとしてでなく、正しく知ってもらいたいと書かれたとのこと、その思いは、はじめの方に書かれている下記の文にも表れています。
「雪の飄々へんへんたるを観て花に喩え玉に比べ、勝望美景を愛し、画に写し詞につらねて称玩するは和漢古今の通例なれども、これ雪の浅き国の楽しみ也。我越後のごとく年毎に幾丈の雪を視ば何の楽しき事かあらん。雪の為に力を尽くし財を費やし千辛万苦すること、下に説く所をみておもひはかるべし。」雪の少ない、冬も晴れの日が多い地域に住む身には突き刺さる言葉です。
野菜を土中に埋めて凍らないように貯える。雪が家よりも高くなるので、家の中が昼でも薄暗いことなどなど、今も変わらないことも含め、少し前の日本の雪の中の生活が克明に描かれています。お祭りや正月の行事、雪中の作業なども画も含めとても詳細に描かれています。
上にも引用したとおり、旧かなづかいで書かれてはいますが決して読みづらいことはありません。挿入されている画は風景ばかりではなく、雪の結晶や雪蛆(せつじょ)と呼ばれる虫のスケッチ、雪中歩行具(藁沓など)や鮭獲り用の吊り篭のような道具の図等、資料としての興味を誘うものも数多く載っています。これらの画を観るには、ワイド版の方が良いと思います。
著者はこの本の計画をまず山東京伝に持ち込んだのですが、実際の出版にこぎつけるまではかなり紆余曲折があったといいます。その話はあとがき「北越雪譜のこと」に詳しく、その経緯も苦労をしのばせて興味深いものがありました。著者にはさらに「秋山記行」という、本書にも出てくる秘境秋山への記行文や、「夜職草(よなべぐさ)」という自伝のような教訓書もあります。後者は堅実で節約を尊ぶ商人としての著者の姿勢が良く現われていて、こちらもなかなか面白いです。