田中角栄とは何だったか
★★★★★
私の父は、家族を養いながら九州の医専を卒業し、上京して小さな医院を開業していた。その父が田中角栄の熱狂的ファンだったことをよく憶えている。田中角栄のファンは私の父だけでなく、彼は国民的人気を誇っていた。ところが、ロッキード事件以後、彼は金権政治だの、闇将軍だのとマイナス・イメージと結びつけられて語られることが多くなった。
この本は、田中角栄についての多くの他の本を参考にしながら、彼がどのような生い立ちで、政治家として何を行い、どのようにして政界の階段を登って行ったのかなどについて、包括的に語っている。新潟県の牛馬商の息子として生まれ、家が貧しかったために進学を諦め、上京してコネのないところに自ら工夫してコネを作り、勉強を怠らず、働きに働いて事業家として成功し、その後、政界に入ってからも、国立大学卒の官僚出身の政治家たちとは異なる紆余曲折を経ながらも、それまでにはない斬新な政策や交渉力で頭角を顕していく。
田中角栄くらいの年の人には、彼くらい家が貧乏だった人や高等小学校しか出ていない人は、きっと大勢いたことだろう。一方、国を動かしていた政治家は、恵まれた家庭に生まれ育ち、有名大学を卒業して官僚を経験後、政界に入った一握りの人たちだった。(今もそうかもしれないが。)その中で、家柄も学歴もコネもないのに、政界で活躍し、大きな発言力を持つようになった田中角栄が、国民的人気者になったのもうなずける。しかし、そのために彼は、常に他の政治家の数倍の工夫と努力と度胸を必要とし、かつ、資金集めのために危ない橋を渡らざるを得ないこともあった。
彼が政治という表舞台で見せた大胆さとは裏腹に、情に厚く、周囲の人たちに異常とも言えるほどの気遣いを見せていたというエピソードからは、家柄も学歴もコネもないことからくる彼の劣等感と強かさの両方を感じる。
田中角栄とは、頭脳が抜群に優れ野心的であるという内面的要因と、恵まれない境遇と激動の昭和という外面要因の結晶として、必然的に生まれてきた政治家でもあるような気がする。彼自身にとっては、常に自らの内面から湧き出るような行動への欲求と、世間の期待と注目に押されるようにして、休む暇もなく駆け抜けた人生だったのではないか。ご苦労さんと言いたい。
人情家角栄の前半生を描く
★★★☆☆
良くもも悪くも戦後日本政治のひとつの「型」となった田中角栄。その生涯を描く本は数多くありますが、本書は歴史物を特異とする津本陽氏の夕刊紙連載を単行本(文庫本)化したもの。
文庫前巻の本書では、新潟県の農村に生まれた角栄が東京にでて建設業で一旗あげて政界入り、政権中枢に近づいていくまでを描きます。
角栄のひととなりがよく分かる人情的なエピソードや描写が多く描かれるのが津本氏ならではの特徴か。涙もろく、部下を可愛がる様子が、角栄の(ある一面での)魅力を浮き彫りにしているようです。
一方で、政界入りした後の出来事は淡々と描かれていて、メリハリがなく退屈な印象を受けます。
もとが夕刊紙の連載だけに「小説」「評伝」いずれとも言いがたい中途半端さが感じられてしまいます。また、他のレビュアーも評しているとおり、引用が多すぎて「細切れ感」は否めません。
津本氏も書き下ろしではないだけに作品としての完成度を求められるのは不本意かもしれませんが…。このあたりは出版社が無理やり単行本にした、ということの悪影響といえるのでしょうか。
駄作もいいところ
★☆☆☆☆
田中角栄氏に興味があり、当作品を手にとりました。率直な感想は「駄作」。他人の書いた小説や資料を机上にならべ、何の調査や検証もなく、ただ机上で集めたものをまた引きしたり、著者の思惑だけで書かれた作品のような気がしてならない。なによりも不快感を感じたのは、やたらに他人の作品をまた引きして作品の中に挿入していることである。そのうえ、やたらに主人公にこびるものの書き方が腹が立つ。大下英治にしろ津本陽にしろ政治家や主人公に媚ったり、思惑だけでものを書くちんけな作品を読むならば、もっと自分でよく探していい作品を読む方がよっぽど有意義な気がします。
人間 角栄
★★★★☆
一年の半分は豪雪のため雪に埋もれる生活をする新潟県二田村。そこで産声を上げた角栄は6人の姉妹に囲まれて育つ。幼少期より吃音に悩まされるものの、克服への努力は並大抵のものではない。高等小学校卒業後、土木仕事を始めたころから彼の運命はすごいスピードで好転する。
私の記憶の中の田中角栄といえば「まあこの~」と加藤茶が真似をしていたものが先ず浮かんでくる。次はロッキード事件の汚職政治家。
この本を読んで、彼について簡単には語れないな、という思いが強くなった。
人一倍の努力家であり、腰が低く、愛嬌がある。記憶力に優れ、約束は絶対に守る。
上巻は、田中角栄の生まれたときから、幼少期、土木作業員、軍隊生活、社長角栄そして政治家。「しだいにくろずんだ策略のくまどりを宿すようになって」小佐野賢治との関係が深くなっていくところまでです。
角栄小説の最高峰
★★★★☆
「コンプリート田中角栄」を期待しているなら、
恐らくこの作品では不十分。けれど、日本の政治史の
中で圧倒的な個性を発揮した一個人を描いた小説として
読むならば、その迫力に最後まで本から目を離せなくなる。
田中真紀子らがこの小説のドラマ化に異を唱えたというが、
角栄をけなしているような内容ではない。
怒濤の勢いで一時代を生ききった角栄の個性を著した筆力は圧巻。