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夢からの手紙

価格: ¥1,365
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
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夢の中へ ★★★★★
著者初の時代物短編集と言うことだが、なかなか達者な筆で江戸から開化期の風俗を再現している。六つの短編があるがいずれも人間の或る種の『妄執』の在りようを描いており、それが或いは女房子供を擲って女郎の元へ走る男であったり、或いは親の敵を討つべく放浪する娘の復讐心であったりと言った具合で、その妄執の行き着く先をあたかも夢の中をへめぐるようにミステリー仕立てで畳み掛けるように描き切っており、結末までぐいぐいと読者を引っ張って行く筆力は見事。殆んどが何らかの『種本』があり、原作を換骨奪胎して、濃密なサスペンスに富む辻原ワールドを現出している。遥か昔読んだ鴎外、芥川以来、久々に時代物の逸品を堪能させてもらった。中でも、温泉旅館を舞台に見事などんでん返しを演出する『有馬』が秀逸だ(H19.4.3)。
時代は江戸、夢と現の融合を活写 ★★★★★
 江戸屋敷勘定方の片岡孝介の不思議体験・夢奇譚である。国元の妻から、恐い夢を見たと知らせてきた。十五人くらい面をかぶっている男がいるがどれが夫か分からない。その身にもしやのことが、と心配する。妻が手紙に記している日付こそ、あのことが起こった翌日なのである。すなわち、孝介があの広間にいたのと同じ夜の、ほぼ同じ時刻、妻はあの場面を夢に見ていたのだ。世には不思議なことがある。
 …別院の奥まった広間にある奇妙な儀式が行われていた。皆お面をかぶって誰か分からない。一人招かれざる客が混じっている。十六人の客たちだけが広間に残された。一体、どの面の人物が招かれざる客なのか、こっそりと互いを探り合う。
 孝介は、助かった、という安堵と、これほどの危険を冒したのに何も得ることなく退散しなければならないのかという落胆が渾然一体となって、奇妙な怒りが込み上げてくる。
「今宵のこと、他言無用だぞ。明日、昼八つ丁度にこの池までこい」
 それは夢だったのか。枕元にお面が転がっている。おれはあれをかぶっていたかと思うと、慄然とする。
 柏木の水死体である。辺りを見回しても、烏天狗の姿はどこにもない。孝介は藩邸まで逃げ帰った。
 妻に「お前の夢正夢だった」と手紙を書いたが、破り捨て、「平穏無事に日々を過ごしている」と書き直したのだった。世はなべてこともなし。人生は夢の夢、絵空事のような思いに駆りたてられる。