ここに、政治家としても事業家としても、巨大な存在として、
昭和史を駆け抜けた男性の肖像を認めることはもちろん可能です。
しかし、父の肖像には違いないけれど、ここにはもうひとつ、
「母の探索史」が隠れたモチーフとして、大切に挿入されていて、
「母の現像」としても迫ってきました。
けれどそこに、あらゆる突っ張りが溶けるような
回帰が待っているのではありません。謎は解かれたように見えながら、
ただそれとしてそこに置かれます。
乾いた肌寒い風が吹き抜けていきます。
西郷隆盛と田中角栄の間にあったもの、を考えさせるとともに、
不在の母を抱えた孤独な物語の印象が交互にやってきます。
寝入りばな、うつらうつらと読みついだせいで、
闇に溶けいるような輪郭を抱くのは、私のせいですが、
作家の抱く現実感はしっかり伝わってくると思います。