初心者向けでない理由は、わざと原文通り主語の省略を活かしたままなので、
誰の行為なのか読み取らねばならないこと(頭注や、敬語の程度、文脈、
ニュアンス等で分かる人には分かる)、意訳を抑制してあるので原文のあいまいさ
・ぼかし表現が残り、どんな内容なのかをも読み取らねばならない箇所があること、など。
これらは一見不親切に見えるが、源氏物語に充満している平安貴族社会独特の
雰囲気を失わず、文学性を実現しながら原文を忠実に守るという高い目的の為に
敢えてそうしてある。源氏物語を溺愛し続けた川端康成も谷崎訳に「完璧だ」と
賛辞を送った。
谷崎源氏にはいかにも古典を訳しましたという機械的で不自然な無機質さがなく、
普通に文学を読んでる思いだ。訳に主語をいちいち補うと解説調になってしまい、
臨場感・リズムが失われて詩的感覚の無い単調な脚本になってしまう。
「源氏物語を勉強したい」ならともかく、「源氏物語を味わいたい」人には谷崎がいい。
凄く情感的だ。ぐいぐい引き込まれて読んでしまい、疲れない。
どこから読み始めても、たとえ人物関係が分からなくなっても味わえ、慣れれば
不思議とスラスラ分かるようになってくる。
登場人物に対する冷ややかな批判的視線も無さそうで、訳者が男であるためか
姫君達それぞれの魅力的な様子や仕草の描写に実感がこもっていて、共感する。