中原 小林 大岡
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作家の大岡昇平は2歳年長の親友・中原中也に関して膨大な論考を遺している。対照的に中原から長谷川佐規子を寝取った小林秀雄は殆ど書き残していない。大岡によれば中原、佐規子との三角関係のことに触れられるのを非常に嫌っていた。小林と佐規子が同棲していた東中野のバラックみたいな住宅はもちろん戦後はない。私はその辺を歩いてみたが片鱗さえ解らない。中原と佐規子が京都から上京して早大を受験するために源兵衛町に借りた下宿はどの辺だろ?源兵衛という私たち活動家が食事した焼き鳥屋がまだある。佐規子は年少の大岡にもモーションをかけたらしい(大岡昇平と埴谷雄高の対談)がグレタ・ガルボに似た女優さんである。親友の奥さんや恋人に手を出すのは同性愛の代償行為という(吉本隆明による。吉本も奥さんを奪った)漱石がそうだ。中原中也の詩が今若い人に(詩を読むのはヤングだろ)読まれているか知らない。詩は「涙とともにパンを飲み込んだ」(吉本隆明)者にしか解らないのだろうか?
未発表詩も載せられていて中也の全貌が分かる
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中原中也生誕百年記念(2007年)発行の『中原中也全詩集』には「山羊の歌」「在りし日の歌」の既刊詩集ほか「未発表詩篇」が収載されている。その中から心惹かれる一節を抜粋し、わずか三十歳で逝ったこの天才詩人を偲びたい。
☆正直過ぎては不可ません/親切過ぎては不可ません/女を御覧なさい/正直過ぎ親切過ぎて/男を何時も苦しめます(「恋の後悔」より)
☆面白半分や、企略で、/世の中は瀬戸物の音を立てては喜ぶ。/躁ぎすぎたり、悄気すぎたり、/さても世の中は骨の折れることだ。(「見過ぎ」より)
☆倦怠の谷間に落つる/この真白い光は、/私の心を悲しませ、/私の心を苦しくする。/真つ白い光は、沢山の/倦怠の呟きを掻消してしまひ、/倦怠は、やがて憎怨となる。(「倦怠」)
☆どうともなれだ/俺には何がどうでも構はない/どうせスキだらけぢやないか(「玩具の賦」)
☆雨が、降るぞえ、雨が降る。/今宵は、雨が、降るぞえ、な。/俺はかうして、病院に、/しがねえ、暮しをしては、ゐる。(「雨が降るぞえー病棟挽歌」)
詩人として短い活動だったが、今なお読み継がれている名詩「一つのメルヘン」「汚れちまつた悲しみに」などがある。生への倦怠・虚無感を平明な言葉と自由な韻律で表現している。
文学の《力》
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今時、文学なんて何の意味があるんだろう?時々、そんなことを思うことがあるが、本書を読むと、そんな迷いが消えていくのを感じる。私もビジネスマンの端くれとして、日々、利益追求に明け暮れているのだが、本書には、経済的利益とは全く別の、《精神的利益》が溢れている。本書を読んでいると、精神的な《生きる力》を、与えられる気持ちがする。久しぶりに、文学の持つ《力》を実感しました。
分厚い!内容も分厚い。
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中原中也全詩集はいくつかの出版社から出ているが、他の文庫に比べ文字の流れが見やすいな〜と感じたのがこの文庫を選んだ理由。
巻頭には中原の写真などもいくつか掲載されていて、様々な思い入れが可能なところもいい。
他にも語註や年表も備えており便利だ。
そして中原に悪口詩まで書かれた大岡昇平氏が中原中也伝を執筆している。
装丁はお馴染みの中原のおポートレート写真だが、この装丁デザインもいい。
この内容でこの価格は文庫とは言えリーズナブルだと思う。
全詩集なので購入されたならこの中から好きな詩を見つけて堪能されれば文庫としても本望だろう。