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熊野集 (講談社文芸文庫)

価格: ¥1,260
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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恐ろしい存在感 ★★★★★
「路地」に私生児としての出自をもち、自殺した兄の呪いみたいなものを背負いつつ自らの周りを題材にして数々の作品を作り上げた中上健次、彼の作品はどれもどこかしら自らの実体験を基にした自伝的な印象をうけるのであるが、熊野集におさめられたいくつかの作品はまさに自伝そのものであり、まわりの現実的環境が正確に語られ、そして中上自身の心情もそのまま描写され、まるで彼の息づかいさえもが感じられるほどである。そこに描写されているものは一見すると彼の目前にしたものや記憶の中のものをそのまま言葉にしたような簡単なつくりにも見えるが、実際は彼の他の作品群に劣らず、いやそれ以上に迫力のある現実が描かれ、作品としての完成度も高く、刺激に富み、読者を引き込ませる魅力に満ちている。彼の出自を元に批評する評論は多いが、それらを読んでも知ることのできない本当の中上が自らの手によって開陳されている感じであり、存在感がある。中上を知るには絶対に必要な一冊ではなかろうか。これを読んだ後、また彼の作品群が変わった魅力をもって訴えてくる。中上はやはり作品を作り出したというより、まさに文学という形で生きた、その生き様そのものが最も人をひきつけるということを強く感じる。残された言葉が彼自身であり、その存在感をもってすると「文学」とか「表現」とかそのような言葉さえ薄っぺらく感じてしまう。
恐ろしい程の傑作連作集 ★★★★★
この短編集は1980年初夏から82年春にかけて書かれた連作より成っているが、驚くべきは『千年の愉楽』を構成している諸作も丁度同じ時期に書かれている点だ。

『熊野集』には、解体される〈路地〉と同時進行する具合に著者の私小説風の傑作が多く編まれ、もう一方の『千年の愉楽』には〈路地〉がもっとも輝いていた時期に出現した6人の人物たちが、一編ひとりずつとり上げられ、中世の歴史物語の古典に登場するような千里眼的な不思議な語り手、産婆のオリュウノオバによって空前の調べで物語られる。

『熊野集』には私小説風の傑作が多いのだが、初期の『化粧』の構成にならって、作者の分身とも見える〈被慈利〉に仮託した物語もいくつか含まれているし、いつの時代とも特定できない中世の古典風の物語も含まれている。巻頭の「不死」と10番目の「月と不死」が〈被慈利〉もので、8、9番目、そして11番目の「勝浦」、「鬼の話」、「偸盗の桜」が後者である。『化粧』の時期からわずか3年程しか経っていないのであるが、その円熟振りには瞠目させられる。
12番目の「葺き篭り」は『化粧』にはなかったタイプの小説である。『熊野集』は『化粧』の進化変容したものと一応は言えるのであるが、さながら蛹から蝶への変身のように、息を呑むようなまぶしさであるし、別物になったとも見えるのである。

『千年の愉楽』と『熊野集』は、全く異なる作風であるが、ともに恐ろしい程の傑作連作集である。そして両者を併読する者は、これらの諸短編が緊密に作用しあっていることに容易に気付くであろう。さらには、この磁場があの世界文学史上の傑作『地の果て 至上の時』の苗床であることをも理解するに違いない。1983年発表のこの長編も同じ時期に書かれていたのだ。