『熊野集』には、解体される〈路地〉と同時進行する具合に著者の私小説風の傑作が多く編まれ、もう一方の『千年の愉楽』には〈路地〉がもっとも輝いていた時期に出現した6人の人物たちが、一編ひとりずつとり上げられ、中世の歴史物語の古典に登場するような千里眼的な不思議な語り手、産婆のオリュウノオバによって空前の調べで物語られる。
『熊野集』には私小説風の傑作が多いのだが、初期の『化粧』の構成にならって、作者の分身とも見える〈被慈利〉に仮託した物語もいくつか含まれているし、いつの時代とも特定できない中世の古典風の物語も含まれている。巻頭の「不死」と10番目の「月と不死」が〈被慈利〉もので、8、9番目、そして11番目の「勝浦」、「鬼の話」、「偸盗の桜」が後者である。『化粧』の時期からわずか3年程しか経っていないのであるが、その円熟振りには瞠目させられる。
12番目の「葺き篭り」は『化粧』にはなかったタイプの小説である。『熊野集』は『化粧』の進化変容したものと一応は言えるのであるが、さながら蛹から蝶への変身のように、息を呑むようなまぶしさであるし、別物になったとも見えるのである。
『千年の愉楽』と『熊野集』は、全く異なる作風であるが、ともに恐ろしい程の傑作連作集である。そして両者を併読する者は、これらの諸短編が緊密に作用しあっていることに容易に気付くであろう。さらには、この磁場があの世界文学史上の傑作『地の果て 至上の時』の苗床であることをも理解するに違いない。1983年発表のこの長編も同じ時期に書かれていたのだ。