SDP文庫創刊
★★★★★
”たけくらべ”について、今さらどうこう言うつもりはありません。
現在(2008年夏)、モバイル小説などに押されていることもあって、本自体の売れ行きが極めて落ちております。
そんな中、打開策の一つとして、古典や名作復活の動きが業界では起きているそうです。
このSDP文庫も同じでしょう。若者が本を取ってみるきっかけ作りの一つとして、今回、スターダストプロモーションの少女達4人(夏帆、山下リオ、岡本杏理、早見あかり)が表紙を飾ることになったのです。
こういうのがきっかけでも良いと思います。
老若男女問いません! 名作を是非一度手に取ってみて下さい。
古典の秘密
★★★★★
三篇収録されているが、『たけくらべ』だけ感想を書く。
子どもが終わるときと大人になるとき、人は二度悲しみを味わう。だから子供が終わったときが大人になるときではない。そこには懸隔があるといっていい、あるいは境が重なり合っていると言ってもいい。そのはざ間を、その瞬間を樋口一葉はこの『たけくらべ』で見事に描いた、抉り出したのだ。あえて振りかえってみもしなければそれと判らないはざ間を一葉は凝視した。その瞬間を永遠のもにしたといっていい。
あの、雨の中下駄の鼻緒が切れて途方に暮れている寺の息子の信如と、その困っている信如を慮って紅入りの友仙(禅)の切れ端を投げてやる遊郭の娘、美登利の間の息を呑むシーンはすばらしい。大人の世界に踏み出せず、かといって子どもの無邪気さという地にも踏み留まれない二人の心中の、だれしも覚えのあるあの胸をかきむしられるようなもどかしさに、読み手の心は揺さぶられずはにいられない。
大人になりきれず、だからといって子どもでいつづけることも許されない宙吊りにされた残酷なはざ間の一瞬がある。「なぜ大人にならなければいけないの?」「なぜ子どもでいてはいけないの?」その切実さが胸を打つ。大人のように無骨に歩み寄れない羞恥、けれども何とかしてあげたい、それに応えたい二人の思いは子どもの拙い幼な心を越え出ている。そうしたいたたまれない心の揺らぎをあの雨の中で共有する。友禅の切れ端が雨の道に残されたまま、そのすれ違いは大人になる踏み出しでもあったのだ。
信如は一年早く寺の修行に家を出て大人になるため街を出る。美登利は大人を拒否しながら大人を受け容れる。男は大人になることが目的になり、女は結果として大人になるのだ。
信如が修行にでる前に水仙の花を門にさして美登利の慮りに応えるラストシーンもあの雨中のシーンに呼応するかのように、二人が大人になった瞬間のなかに、もう二度と会うこともない悲しみと憂いと懐かしさという永遠を一葉は完璧に封じ込めたのだ。古典がなぜ読み継がれるか、その秘密がここにある。
難解な名作を読みやすく
★★★★★
樋口一葉は擬古典派であり、森鴎外の舞姫などと同様、現代一般の世代にはものすごく読みづらい。半分古文のようなものだから、単語が現代の意味とはほぼ正反対で使われていることもままあるので普通の本を読み進めるペースで読めば5割の理解で読み進められるかどうか、とくに森鴎外の舞姫で挫折しかけた自分にはとても心配だった。しかし、この集英社版のものは通常最後のページに持ってくる脚注を文章自体の下に持ってきており、いちいち後へページを捲り直して読書のペースを狂わせる事もないし、脚注のなかに軽い解釈なども加えてあるので多分中学生レベルの古文知識で十分に読み進めることができる。
長々と記述のほうに目を向けてしまったが、内容も実にすばらしい。いくら器量よしの評判が良くても大人へなることが、娼婦へとなる事とつながる遊郭周辺の情景や、子供時代のあどけない描写から成長した後のへの転換の格差。恋しく思う心を抱えながらも抗う事のできない悲しさを描いた表題作は、明治初期にこんな素晴らしい文学作品があったのかと驚かされてしまうほどのもの。ほかの二編も愛する者愛される者らの悲しい宿命を描き出しており、それらと古文調の文章が相まって素晴らしい仕上がりになっている。
日本文学、日本語が誇りに思えるようになる一冊かもしれない、文学黎明期後間もない頃の名作。是非読んでいただきたい。
はじめの一歩をこれで
★★★★★
樋口一葉作品は、この集英社文庫版ではじめて読みました。正直、明治文学を読めるかどうか不安だったのですが、この本はとても優しいです。
まず最初の4ページに、一葉ゆかりの写真や絵が掲載。そして本編の前に梗概がついてる優しさ。漢字にルビがつき、1ページ1ページずつ下方に説明文が書かれています。最初は慣れないかもしれませんが、文章を理解しやすい形態で、私には嬉しかったです。
それに余白の遣い方!
他の出版本では、文字を隙間なくぎっちり詰めているので、台詞も地の文も判別に難しく、正直苦しい印象です。でもこの本では台詞を独立させ、セリフ終了後に余白をもたせた為に、言葉が活きているような感じになっています。
「誰も憂き世に一人と思うて下さるな」
この台詞も、地の文に埋もれる事なく活かされています。文字をぎゅうぎゅうに詰めていたら、私はこの本を読まなかったでしょう。余白の活用に、編集の心理的余裕が、この本を私に読ませるきっかけになりました。
第一印象で《難い》と思ったら、樋口一葉離れしていたでしょうね。
最初の掴みに《名作!》と心に響かせるこの出版物に出会えたのは幸せでした。
私はこの本に、最大級のエールを送ります。
現実は・・・悲しい。
★★★★★
惹かれあう少年少女。しかし少年は修行のため遠方へ。少女は遊女にならざるをえない運命。
抗えない何かによって打ち砕かれていく二人の儚くて脆い恋。
・・・人身売買が一般的だった時代の恋物語は、底辺の人々の嘆きと悲しみがあふれている。