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暗室 (講談社文芸文庫)

価格: ¥1,103
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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“濃い”本 ★★★★☆
 吉行淳之介の代表的作品。この作品で氏は谷崎潤一郎賞を受賞しており、文学的にも世間的にも広く認められている作品といえる。評論家、福田和也は著書の中で他の第三の新人らの作品とこの作品をあわせて「必読」と評価していた。鮮やかな描写の多い内容は確かに素晴らしい内容だと思う。
 作品は著者の分身とも考えられる四十代の(さほど売れていない?)作家、中田の性的な交流や日常を描いた物。屋根裏に暮らす知恵遅れの兄弟、大量のメダカの死体、飛行機の上から怪物の様に見えた島、青い魚が描かれたマッチ……など鮮烈で細やかな描写が多く、読んでいて不思議な気分に浸れる。それらの描写も全く押しつけがましいところが無く、気持ちのいい作品だと思う。おそらく突飛な設定を除いて実際の経験を元にしているのだろうが、エッセイの名手と言われるだけあって、作家生活の描き方も全く退屈させられず、文学的価値が高いと評される訳が何となく分かるような気もする。
 ただ、中盤を超えた辺りからほとんどがどろどろとした女性との付き合いばかりになるので少し退屈だった。性交の描写もだんだんと生々しくなり、読んでいて恥ずかしくなるような部分もあって、そういった部分では本当に好き嫌いが分かれてくると思う。主人公の元を離れていった登場人物達もその後どうなったかがあまり書かれていなかったのも残念だった。
 全体的には非常に完成度の高い作品だと思うが、人によっては終盤読むのが少し大変な箇所もあると思う。
話の道筋が暗室のようでした ★★☆☆☆
小説には流れがあるもの

迷路にだって出口と入り口がある

「暗室」には出口はない

木の天辺が小説の入り口で

分かれた枝葉が途切れると

ムササビのように

他の枝へ移るような感覚

読んでいる私はめまいがした

一つ一つの枝にはそれなりの実がなっていました
闇底の小さな命 ★★★★★
久々に,勢いに押されて末尾まで突き進んで読んだ。
以下要約兼感想。

 人間は必ず性を持って生まれる。その単純な事実が単純ではない事態を生んでいく不思議さ。ひとつになったはずのものは,必ずしも同一にはならず,逆に同一であるものは同一でなくなっていくという構図が繰り返される。自問自答で,カギ括弧の連続がなされている。自分が自分でない感覚,自分の意識とは無関係に存在する性器や意識がある。レズビアンの頭以外は同一にとけ込む。生命とつながり生殖と深いつながりを持つ女性器は,なぜか死の香りを放つ。それは紫色に沈殿した極悪の薔薇だ。死と乙女,死と生殖器,タナトスとエロス。交錯した世界の中を男が行きつ戻りつし,女との深い溝を発見したとき,そこは光の届かない暗くしめった陰気な部屋のようだ。気付く。全ては暗がりの中に広がっており,おびただしい死の香りを嗅ぐことになる。メダカは死屍累々と腹を見せて浮く。空襲で焼かれた人々の死体が,物であることを知る。それらの死や残酷さは生まれるということの罪や白痴の生まれる可能性と切っても切れない。吉行が描く性とはその不気味で不可解な魅力なのだろう。性,それは,人を惹きつけてやまないと同時に,飽き飽きさせる魔力を持つ。罪悪感を感じながらも突き動かされる何かにしがみつく私たち。その何かが性である。
どこまでが実体験? ★★★★★
 「現代人に共感をよぶ部分があるとしたら、生の危うさ、死の不安を描いたところだろう」のような趣旨のことを作者は語っている。男と女にとっての性を題材にした作品を描き続けた作者の作品の中でも秀作として知られる作品である。所々に、航空機から眺められた歯のような情景、メダカを池に放つときの「死」を感じさせる描写など、印象的なエピソードが挿入され、複数の女性関係を必要とする主人公の「生への不安」が浮かび上がっている。性は文学の大きなテーマのひとつであるが、その中でも秀逸な作品と思われる。谷崎潤一郎ほどの甘口の文体ではなく、谷崎がちょっと苦手なわたくしでも大丈夫だった。