半分しか血のつながりがない「私」と、弟の「春」。春は、私の母親がレイプされたときに身ごもった子である。ある日、出生前診断などの遺伝子技術を扱う私の勤め先が、何者かに放火される。町のあちこちに描かれた落書き消しを専門に請け負っている春は、現場近くに、スプレーによるグラフィティーアートが残されていることに気づく。連続放火事件と謎の落書き、レイプという憎むべき犯罪を肯定しなければ、自分が存在しない、という矛盾を抱えた春の危うさは、やがて交錯し…。
著者は、新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『オーデュボンの祈り』で言葉を話すカカシを登場させ、『陽気なギャングが地球を回す』では、特殊能力を持ったギャング団一味を軽妙なタッチで描いてみせた伊坂幸太郎。奇想天外なキャラクターを、巧みなストーリーテリングで破綻なく引っ張っていく手法は、著者の得意とするところである。本書もまた、春という魅力的な人物を縦横に活躍させながら、既存のミステリーの枠にとらわれない、不思議な余韻を残す作品となっている。
伊坂流「罪と罰」ともいえる本書は、背後に重いテーマをはらみながらも、一貫して前向きで、明るい。そこには、空中ブランコを飛ぶピエロが、一瞬だけ重力を忘れることができるように、いかに困難なことであっても必ず飛び越えることができる、という著者の信念が感じられる。とくに、癌(がん)に冒されながらも、最後まで春を我が子として支援する父親の存在が、力強い。春が選んだ結末には賛否両論があるに違いないが、「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」と春に語らせた著者のもくろみが成功していることは、すがすがしい読後感が証明している。(中島正敏)
家族愛
★★★☆☆
恐らくは「洒落た文体」と言っていい軽妙な文章で綴られていく、兄と弟の物語。超絶美形な弟は何かが決定的に欠落し、それは彼の出生に秘密があるのだが、弟想いの兄が彼をサポートしていく姿が読んでいて感動を誘います。内容的には、衝撃的なエピソードがあったり、どんでん返しがあったりとは行かず、途中中だるみの感も否めないが、父親、母親、夏子さん、弟の真の父など個性的なキャラクターを丁寧に書きこんでいるので読了まで一気に駆け抜けられると思います。
伊坂ファンは必読です。
さらさら読めます。
★★★★☆
伊坂幸太郎さんの作品で初めて読んで、ファンになった作品でした。
ミステリや謎解きを意識せずに、頭を空にして読むと、文章のリズムと登場人物の会話を楽しめる、そういう作品だと思います。
内容を深く考えるとかなり重いことを扱ってるはずで、問題意識をもって考えたら苦しい、答えのなさに余計苦しい。
判断が難しすぎて先延ばしにしてしまいたいこと・できればなかったことにしたいことを、軽妙な会話の力でほっとさせてくれる。問題解決にはならないけど、心の持ちようを軽くしてくれる会話が私は好きです。
心理描写が浅すぎる
★☆☆☆☆
化学的要素をふんだんに取り入れ、理論武装でまとめて“それなり”に見せているだけの印象。
何しろ、先が見えるし、意外性・推理性皆無。
かといって、ヒューマンストーリーでもない。
ハルの責任を担った親父の葛藤ってそんなもの?
まぁ、親父は純粋な人だったとしても、主人公?始め、ストーカー女やもう1人の親父とか
登場人物全員の思考が単純すぎて。
人間ってもっと複雑な生き物でしょーよ。
最後は感動ものになってる気がしたけど、内容も心理描写も浅すぎて、シラケてしまった。
雰囲気だけ『カッコイイ』みたいな。
まだ、辛酸を味わったことのないような純粋な心を持った若い人達にはウケそうね。
あまりにも身勝手な犯行理由(とくに放火)
★☆☆☆☆
(1) 10件近い落書行為。(2) それと同数の連続放火。(3) 殺人。
本作に出てくる「犯人」は、以上3種類の犯罪の実行犯であり、けっこうな犯罪小説といえる。
このうち(3)については、百歩譲って、許そう。殺人は重罪だが、この場合は情状酌量の余地があり、「殺さねばならない事情」がいちおう説明されている。
(1)落書についても、許そう。犯人は落書を消してまわる現状復帰を行っているし、被害者宅に「自首」してたっぷり絞られてもいる。何より小説中でおこる落書程度に目くじらたてるのは、野暮にすぎる。
しかし(2)は事情が違う。放火は重罪で、一歩間違えば何十人もの死者を出す、無差別殺人の未遂事件といえる。この犯人はそれを10回近くも繰り返している。さらに悪いのは、(3)殺人と異なり、この場合「放火せねばならない事情」が存在していない。恨みのある相手の家ならまだしも、何の関係もない事業所へ無差別放火している。その理由がxxxxxxx(本書参照)だとしたら、あまりにも身勝手な犯行理由ではないか。
さらに一連の放火行為に関して、この犯人は一切の謝罪をおこなっていない。これはある意味当然であり、火をつけた家へ謝りに行ったら、警察へ突き出されてしまう。放火は「ごめんなさい」ですむ行為ではないからだ。結局この犯人は放火行為に関しては知らんぷりを決めこみ、堂々と市民生活を続ける。
火をつけられた側にしてみれば堪ったものではない。
連続無差別放火という凶悪行為について、この作者はどう考えているのか。
人の痛みというものがわかっているのだろうか。
百歩ゆずって作者の論理に従うなら、この犯人は放火被害者の手にかかって殺されるのが正しい。なぜならこの作者は、私怨によるリンチ的殺人を肯定しているのだから。
いきなり店舗を全焼させられた放火被害者は、この犯人に強い憤りを抱いているはずだ。
自分は正義の味方のごとく卑劣な悪人を成敗するけれども、他人に成敗されるのは嫌。さらに罪をつぐなうのも嫌とあっては、一番卑劣なのはこの人物ではないか。「身勝手のすすめ」 がこの小説のテーマであるとしたら、呆れるほかはない。
家族の愛について考えさせてくれる一冊。
★★★★☆
主人公の父親が、主人公の弟に最後に言った一言。
「*****************」
これにガツン、とやられました。
しばらくして、ジワーっと感動が、、、。
参りました、って感じです。
放火事件と、街の落書きと、遺伝子との奇妙なリンク。
謎解きの楽しさがありながら、さらに、家族についてもっと重要なことを考えさせてくれる作品です。
社会的な家族と、遺伝的な家族。
どちらも家族を定義付けるには十分な要素だけど、本当に大事なことは、家族のそれぞれが家族のそれぞれを愛情を持って家族と認めること、だと感じた。
人を殺すシーンが出てきて、それを正当化する場面もある。
これに関しては、賛否分かれるだろうな、と思った。
殺人を償うことよりも、家族の愛が大事なんだ、といわんばかりの構成だったが、現実に考えるとやっぱり殺人を償わせることが本当の家族の愛だろう、って思った。
それと、ひとつ気がかりなのが、主人公があの橋で夜中に出会った青年、、、。
彼の役割は一体、、、?