単線的ではなく複線的な、ローカルではなくグローバルな世界史像構築の第一歩として書かれたとある。ヨーロッパおよびイスラーム世界という概念が検討され、中世の諸文化圏の交流・抗争の過程が描かれ、現代ヨーロッパにおけるイスラーム教徒の動向が論じられる。こういう小冊子をもってどうこう言っても詮ないことは承知だが、叙述はあきれるほどに常識的で、卓見が見当たらない。
　誰もが認める実力の持ち主なのだから、余人をもって代えがたい著作をこそ。この人は1993年以降、真価を発揮していないように思う。たとえば、ランシマン『シチリアの晩祷』のような、実証性と構想力を兼備した歴史書が書けるはずなのに、惜しいことだ。それに、翻訳もしてください。原典であれ標準的な研究書であれ、紹介に値する本は汗牛充棟のはず。ミカエル・スコトゥスの手頃な評伝とか読みたいものだ。お願いします。