愛のあいさつ
価格: ¥2,520
若手のヴァイオリニストにありがちな、ギリギリと自分を追い込み競争社会に打ち勝たなければ、みたいな悲壮感は、しばしば聴き手を辟易させるが、奥村愛には、そうしたところがまったくない。どこまでも落ち着いて、自分にしか歌えない歌をしっとりと静かに歌う。彼女の奏でる響きには、何かしらほっとさせるものがある。それは天性のものであるとともに、十分な実力派を証明するキャリアが示しているとおり、考え抜かれた彼女自身の演奏の説得力によるものだろう。
選曲もよくできている。特にアルバム前半が見事な構成。NHK総合テレビ『人間ドキュメント』に使われた加古隆のテーマ音楽の作曲者自身による編曲「黄昏のワルツ」に始まり、ピアソラのしみじみとした抒情的な「タンティ・アンニ・プリマ」(名作)、そしてチャイコフスキー「なつかしい土地の思い出」へとつながる流れは、疲れた心に優しく触れ、張り詰めた気持ちを暖かく溶かしていく。
ハイフェッツ編曲によるガーシュウィン3曲や「ツィゴイネルワイゼン」は、ハイフェッツが持っていたクールな強さやシャープな切れ味をもっと求めたくなる向きもあるかもしれないが、清潔でほんのりとした色気は確かに漂っている。
こうした個性は案外、時代が求めているものかもしれない。みずみずしく自然体な音楽が印象的なデビュー盤である。(林田直樹)