此処は全てが二重の世界
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「此処は全てが二重の世界」。女流詩人クリスタベル・ラモットの「水に沈みし都」に出てくる詩句が、この作品のすべてを語っている。──作者は自作を「灰色のクモの巣のようなわたしのパリンプセスト」と呼ぶ。パリンプセストとは、一度書かれた文字を抹消して重ね書きされた羊皮紙のこと。ヴィクトリア朝詩人の秘められたロマンティック・ラブと、「もはや愛という言葉を口にすることはない」現代のポストモダンな性愛が、手紙や日記、詩、幻想譚といった様々な架空のテクスト(クモの巣)群にことよせながら重ね書きされたこの作品は、その原題(POSSESSION)自体がもつ三つの意味、つまり悪魔的な力(取り憑かれた状態)と経済的所有と性的含意のすべてを錯綜したかたちで展開しきった、まれにみる方法意!識に貫かれた小説である。歴史ミステリーとクエスト(探求冒険譚)と性愛小説と「パロディー」とが渾然一体となった、まことに大仕掛けで、しかも小説を読む愉しさを堪能させてくれる薫り高い雄編だ。