ブルトンの座標体系
★★★★☆
「思考の実際上の働き」を表現しようとくわだてる。この言葉はなにか「現実」という確かな指針があってこそ、批判的な態度として有効性を感じる。はたして今日、確かな「現実」など存在するのだろうか。ヴァーチャルなもの、まがい物の氾濫する中、「思考の実際上の働き」自体は、むしろためらわず吐き出されているようにも思う。そしてクリエーター達はもはやそれらをどこかで「意識」してうまく統辞させていくか、あるいは「ありのままに」パッケージングして、これが現実ですよと見せることしか出来ないのではないだろうか。
このとき「理性によって行使されるどんな統制もなく・・」という技術は、作家のイノセントな追求と、吐き出させる身体能力にかかっているのだと思う。すでにネタは無限に存在し、それを「つかみ」前へ出すことが出来るのかが勝負なのだろうか・・。なんて思った。
ただ僕がこの本の中で一番好きになったのは、最後の「超現実主義第三宣言か否かのための序論」だ。第二次大戦中、亡命先のアメリカでかかれたこの章には前半での人を突きはねるような勢いは感じられず、著者の疲労と絶望とがにじみ出ている。しかしむしろそこには、全ての事象をも飲み込みそうなブラックホールを感じた。個人的経験が作り上げたブルトンの座標体系が完成の時期を迎えたという、悟りのような落ち着きすら感じてしまうのだ。