みな、それぞれのフィリップがいる
★★★★☆
ヒロインは表題の人物だとしても、ヒーローは・・・と躊躇しつつ、途中まで読んでいた。理由は2つ。1つは作家が脇役の描写にも手を抜かぬから。もうひとつは、最多登場人物のフィリップが、どうにもいけ好かない男で、彼をヒーローと認めたくなかったせいだ。
だが、まあ許すしかない。十分楽しませてくれたのだから。
この男は身内のカネをくすねるような、ありふれたドラ息子だったのに、ムショを出て、母の郷里の遺産問題に飛びつくや、どこに隠していたのやら、突如、知恵が回るようになる。これぞ、適材適所。毒を以って毒を制する悪人対決になるのだが、悪趣味は重々承知で、面白い。
パリに戻った彼は「女を片づける方法なら3つは知っている。」と嘯き、「馬に乗ったメフィスト」と言われる外道に出世(?)。当然、庶民の母や弟なんぞには見向きもしない。だが、憤慨する弟に同情しつつも、つい笑ってしまうのだ。そりゃあ、あいつだもの、仕方ないよ、と。作家の描写に不思議な余裕があるから、非道の連続にも読者の心は荒まない。
例により、終盤は荒技の大盤振舞いで、俄かに大団円となる。しかし、ゆめ読み落とすべからず。陥れられたヒロインは言う。「おこないを正すがいいわ、わたしたちにはみな、それぞれのフィリップがいるのですから。」この外道は我々の近くにいる。いや、ともすれば、我々は心のどこかに彼を住まわせているのかも知れないのだ。