夕暮れをすぎて暗黒の夜へ。逢魔が時のキング節
★★★★☆
先に刊行された『夕暮れをすぎて (文春文庫)』に続くキングの短篇集(原題『Just After Sunset』2008年作品の二分冊目)。収録作品の中では、巻末の解説でcocoさんが書いているとおり、しょっぱなの「N」と、おしまいの「どんづまりの窮地」が面白かったです。
強迫神経症の登場人物が、アメリカはメイン州にある“アッカーマンズ・フィールド”という場所の魔にとり憑かれ、吸い寄せられてゆく恐怖を描いた「N」。クトゥルー神話で有名なラヴクラフト、その異次元からの侵略を扱った作品に通じる短篇。異次元宇宙の暗黒世界とこの世界とをつないでいるワーム・ホールみたいな場所に、どうしようもなく引き寄せられていく登場人物の葛藤がスリリングに描き出されていたところ。そこが、ぞくぞくするほど面白かった! マレルの逸品「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」(宮部みゆき編『贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き (光文社文庫)』所収)の、あのただごとでない恐怖に非常によく似たテイストいうのを感じました。
片や、ラストに置かれた「どんづまりの窮地」。簡易トイレに閉じ込められた主人公が、刑務所からの脱獄ならぬ臭い場所からの脱出を図るというストーリー。強烈に匂う話ですので、食事前の服用は避けたほうが無難でしょう。でも、悪臭芬芬たる話の先に待っている爽快感も、また格別なものがあります。キングの中篇「刑務所のリタ・ヘイワース」(『ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)』所収)ならびに、ティム・ロビンス主演の映画『ショーシャンクの空に [DVD]』の解放感に通じる味わいがありましたね。
以上二篇の面白さに比べると、ほかの四つの収録作品は、かなり見劣りがしますね。なかでは、告解室という舞台設定の中にもうひとつ、移動する告解室という場を設けたところに妙味を感じた「聾者(ろうあしゃ)」が、まずまずの出来映えだったでしょうか。
訳は、「N」(安野 玲)、「魔性の猫」(白石 朗)、「ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で」(大森 望)、「聾者」(風間賢二)、「アヤーナ」(安野 玲)、「どんづまりの窮地」(白石 朗)。どれも読みやすかったけれど、原作の面白さと相俟って、「N」の安野 玲(あんの れい)の訳文が一番光っているように思いました。
全部、初出しと思ったのですが...
★★★★☆
「彼らが残したもの」
何処かで読んだ話だと思ったら、これはハヤカワの「十の罪罪」に
ディーヴァの短編とともにメインとして収録されていたものでした。
解説に<本書の白眉>と言うなら、記載しておいて欲しかった。ちょと損した気分。
「ウィラ」
雰囲気のある幽霊譚。日常から非日常への暗転というお得意の展開のサイコパス話
「ジンジャーブレッド」も良かったが、これは長編でじっくり書けばいいじゃないか、
ということで寒々とした感じの「ウィラ」にゾックとした。
ただよう○○達ということでは、映画<パッセンジャー>が本編に非常に似かよって
おり、本編が気に入った人は非常に楽しめると思います。
キングはまだまだ面白い
★★★★★
2003年から2007年までの間に"NewYorker""Playboy"等のクオリティ・マガジンに発表されたキングの短編集である。2001.9.11を経験しているということで、これにまとわりつくような作品もあるかと思えば、ニューヨークが再び爆撃された核戦争を描く超短編もあるのが怖い。
それらの中で、個人的に出色の出来と思うのが「ジンジャーブレッド・ガール」である。平凡な主婦ランナーの日常を打破する過酷な出来事、これに立ち向かう彼女の勇気が臨場感あふれるスリリングな筆致で描き出される。
これまで何度かの休筆宣言を繰り返してきたキングの最新作品集は、これらの噂を打ち消すおもしろさを持っている。
KINGの描く万華鏡
★★★★★
☆4つだな、と思いながら読み進んでいたのだが、最後の『A VERY TIGHT PLACE』に達して自分の考えを改めた次第である。今までKINGの書く短篇集のどれを読んでもがっかりしたことがなかったように、今回も楽しく読み進むことができた。どの作品がすばらしいだろうか?印象に残った作品としては『THE GINGERBREAD GIRL』をまず挙げよう。KINGお得意の異常心理描写が遺憾なく発揮されている。最後がありふれているが、落胆することはないだろう。『STATIONARY BIKE』も良い。現代人、特に肥満が増えてきた日本人にとっても警告的に始まるところが見逃しがたい。もちろんKINGが肥満を調理するのだから通常の作家とは違うのだが………。『N』は古典風の作品だろうか。結末が強制的だけれども着想が良い。『THE CAT FROM HELL』もKINGが力を発揮できる分野だろう。最後の描写が怪談風で想像力を掻き立てられる。『MUTE』は読後感が何とも言えない。物語の構成もすぐれている。『AYANA』は短いが、なぜか救われたような気持ちにさせられる。さて冒頭に記した『A VERY TIGHT PLACE』に来た。この作品は食事の前には決して読まない方が良いだろう。人によってはどんなことがあっても読まない方が良いだろう。けれども声を出して笑うことができる作品である。
久々の短編集に大満足。
★★★★☆
すべてにおいて、以前の彼の短編には感じられなかった深い満足が得られた。どれが一番というのはない
のだが、老いて熟成されたキングの手並みは確かに素晴らしい。巻頭の「ウィラ」は、状況が把握できな
いまま話が進むので少し戸惑うが、なんとも静謐な印象を与える秀作である。すべてが氷解する瞬間は感
動的ですらある。次の「ジンジャーブレッド・ガール」は真っ向勝負のエンタメ作品だ。連続殺人鬼に追
われる傷ついた女性というよくあるシチュエーションだが、とっかかりの部分で少し疑問があるとはいえ
、ページターナーぶりはさすがといわざるを得ない。「ハーヴィーの夢」と「卒業の午後」はキングが夢
からインスピを得て書かれた作品。淡々とした日常から狂気ともいえる異形が現出するさまは、戦慄をも
よおす。「パーキングエリア」は、キングが実際に体験した出来事と彼お得意の作家物を掛け合わせた小
品。「エアロバイク」は、あの「道路ウィルスは北にむかう」や「サン・ドッグ」を想起させるような奇
想が全面に押し出された作品で、不気味さと焦りが絶妙に調整されてて読ませる。「彼らが残したもの」
は9.11事件を正面から描いた作品。奇妙な出来事が引き起こす顛末を語る筆勢は静かなのだが、底の
方から響いてくる重い旋律は、読むものに深い余韻をもたらす。
以上七編、久しぶりのキング作品を充分堪能した。彼の短編集を読んでこんなに満足したことはない。
さて、次は待望の「悪霊の島」だ。これは本当に楽しみなのだ。はやくお目にかかりたいものだ。