玉ねぎをひと皮むくたびに、長く忘れていたことが顔を出す。
★★★★☆
‘39年ドイツのポーランド侵入に始まる戦争の間、作家はどのように
過ごしたのか。
12歳から17歳の多感な時期を、戦争という狂気の中で過ごした少年は
平和という、弾丸は飛んでこないが生きること自体が戦いのような生活の中で、
何を目的に生きたのか。
戦争中、しかもそろそろ撤退が始まる頃、勤労奉仕の後16歳で召集を受け
SS(親衛隊)に配属される。
ドイツではホロコーストについて否定的意見を吐くことすら、法律で禁じ
られている。
ユダヤ人虐殺に対するナチスの罪について、ドイツは未来永劫つぐなわねば
ならない。
そんな常識下で、SSであったことを自ら明かすのは、日本人には理解
できないほど、大変な決心であったことだろう。
60年かかったのだから。
さて、物語はその後、撤退と負傷、捕虜収容所の生活だ。
著者の戦争中から戦後にかけての収容所の生活は、商売をしていた母の
仕込みよろしく、心の飢えとは別次元で体が自然に動く。
交換用のピンやタバコをうまく使って、困難な収容所生活をうまく乗り切り、
石工の徒弟となり修業しながら絵を描き詩を書く。
心の飢えを満たすための必死の働きの結果いずれにも頭角を現し、小説を
書くに至る。
本書は自伝ではあるが自らの著作の歩みと合わせ、事実と創作を隔てる垣を
やや低くして、美しく曖昧にしている部分もある。
その時取った行動とこうしようと考えた行動、そしてまた異なる可能性が、
主人公の迷いと躊躇いを、若さという姿にして見せてくれる。
その躊躇いは、アメリカ人教育将校がユダヤ人収容所の写真を見せた時にも
「おまえたちはガス室と言われているシャワー室を見たのか?そこの漆喰は
真新しかったぜ、アーミーたちが後から作ったものに違いないや…」と一緒に
いた見習いの左官に言わせて表現している。
この時代を描くことのむづかしさに思い至らせてくれる、少しばかりの苦味
のある一冊だった。
翻訳については気になるところがある。「装甲狙撃兵」とはパンツアー乗り、
単なる「戦車兵」ではないのか?
少なくとも「将校候補生」は士官候補生とすべきだろう。
一ヶ所左肩の負傷を右側と誤っているのは…。
このような部分も興ざめにつながるので、5にしたいけど4。
罪が許される時
★☆☆☆☆
ホロコーストというのは許される時があるのだなと知りました。もちろんドイツの追及センターに時効はありませんがケースによっては時効なしにしていいとも。文学者や哲学者や大学教授だけは例外にしないといけないんじゃあないでしょうか。
韓国の詩人の言葉を思い出しました
★★★★★
絶対におすすめの1冊です!!大笑いしながら読めました。
近年でもドイツに対する戦争責任について、欧米メディアを見る限り
オーストリア、ポーランドはまったく許していません。
なぜか日本のメディアでは英仏米が許したことによってチャラになっており
まったく意味がわからないですが、それを考えるとグラス人気もうなずけます。
記憶の忘却と都合の良い記憶の忘却という2種類が存在するということを
理解できます。人間がどれだけ党派的で元仲間だったものを擁護するのか。
それに支えられて人間は擬制のまま生きていけるのか、、笑いとともに感動させられました。
あんたら 都合のいい死者の声しか聞こえないんだね
聖人と呼んでやるよ
「絶対に許されない過去の罪を隠していたとしても 我々の『仲間』であるのならばいまさら彼だけを裁くことはできない」キムチュソン
読める人は読んだ方がいい
★★★★★
年嵩の友人に「いい本でした。是非、読んでください」と手紙を書いたら、
「相変わらず硬派な本を読んでいるようで何よりです」と返信。
彼は、その昔、「貴女なら読めるでしょう」と『死霊』を勧めてくれました。
読む人間に力はいるけれども、私にとっては、宝石箱のような本でした。
最後まで銃を持つことを拒否した少年の言葉をはじめ、人の真実に触れたときのような新鮮な驚きに満ちていた。
と、同時に、人の記憶のご都合主義(自分を守るための忘却)に、(たまねぎの皮を向くような生理的現象として)涙を流しながら、立ち向かう強さ。
続けて『蟹の横歩き』を読んだのですが、その中の『人の頭の中は闇』という言葉に、深く感じ入りながら、「でも、闇じゃない人も多いんだよなー。きっと」と、すねる気持ちも持ったことでした。
作家グラスの修行時代
★★★★★
現代ドイツを代表するノーベル文学賞作家、ギュンター・グラスの自伝。玉ねぎの皮をむくように、作家は自らの過去を明らかにしていく。本書の中でナチスの親衛隊員だったことを告白し、世界中に衝撃を与えた。
とはいえ、あの年代でナチスの影響を受けなかった人の方こそ探すのが難しいだろう。17歳のとき、召集令状に従って行った先がSSの戦車隊だった、ということらしい。まだ子供で知らなかったとはいえ、ナチスのような犯罪組織に加担していたことを恥じて、今まで沈黙を守っていたという。
どうしても「告白」に目が行きがちであるが、『作家グラスの修行時代』としても読み応えがある。「このエピソードは、あの作品のこのシーンに使った」と創作秘話が盛り込まれて興味深い。また、無名の詩人が当時の文壇の大御所に見出され、トントン拍子に有名になっていくところは、本人も書いているが、まさにメルヒェンのようだ。
随所に挿入された玉ねぎの素描は、画家でもあるグラス本人の手によるもの。最後のほうに行くにつれ、皮がむかれて小さくなっていっているのにも注目。