概してドイツ語、英語圏で学んできたという新約聖書ギリシャ語学者は、単語の意味論、文章の統語法の数学的知識には精通しているが、ギリシャ人たちの生活の中で話されてきた、躍動する、生きた言語としてのギリシャ語に関する知識は殆どない。それは、とりもなおさず、その生きた言語の中に身を置いて生活したことがないからだ。それ故、時に、新約聖書時代からだけ抜き出した数学的データのみに頼り、珍妙な誤解をする。ギリシャ人の中学、高校生にすら一目瞭然の勘違いを、世界の新約聖書学をリードする碩学たちが犯すのである。学者たちは便宜上、古典期ギリシャ語、コイネー期ギリシャ語(新約聖書時代)、ビザンチン期ギリシャ語、現代ギリシャ語などと区分けをするが、本来、言語は常に変化し続ける生き物であって、ひとつの時代だけを抜き出してなす、数学的研究など成り立とうはずはない。新約聖書ギリシャ語の全体的把握は、その前(古典期)と後ろ(現代)を見ないでは到底期待できないのである。
その点、日本人初ギリシャ国立アテネ大学卒業生、という肩書きを持つ織田昭氏の「新約聖書ギリシャ語小辞典」(第四版)は、一味も二味も違う。織田氏は生きたギリシャ語の中で実際に生活し、数学的には決して説明し切れない、生き物であるギリシャ語の持つ微妙な呼吸を体得された数少ない日本人である。しかも、数学的データと生き物であるギリシャ語の学研が上手く調和された、ギリシャ語研究機関世界最高峰のアテネ大学の言語学教室で研究をされたのである。だから、その織田氏により第四版まで重ねられたこの「新約聖書ギリシャ語小辞典」は信頼に足りる。しかもサイズはポケット版だから、携帯に大変便利である。本書を、清い心と正しい良心(ギリシャ的表現)から、新約聖書の学徒は言うに及ばず、古典ギリシャ語、現代ギリシャ語の学徒にも自信を持ってお勧めする。