それなりに大きな力を築き上げてきた父を侮りがたくは思いつつ、 自分は父とは違うという気負いもみせる初々しい面もあり。
楠木一党の次期棟梁として家人や弟など周囲の人間からは敬慕されていても、 自分を活かすすべをまだ見定められず、どこか迷いを禁じ得ない態度が、 皇国史観の産物たる楠公崇拝に彩られた正成像とはかけ離れていて新鮮です。
『道誉なり』『悪党の裔』などで登場した時より、もっと複雑な印象を受けるのは、 やはり主役だからでしょうか。『悪党の裔』とリンクしている挿話もあり、 比べて読むとより本書の正成像の微妙なところを感じ取ることができて、満足度も高いかと。
そんな正成の人生の岐路を共に歩もうというのが、大塔宮護良親王。
ウラ主役といっても過言ではないほど、正成の行動と交互に逐一、実況中継のごとく「その頃の大塔宮」が語られ、それがこれまでの北方作品中でもっとも魅力的に描かれているだけでなく、正成の生き様に大きく関わっていくのです。
これからこの二人がどうなるんだろう!?という期待と不安の中で、胎動の上巻は終わります。