豊穣な書
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旧約聖書は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教で聖典とされている。
世界の三大宗教と呼ばれるキリスト教、イスラム教、仏教のうちの二つの宗教が基盤としているのである。
ではその旧約聖書では何が語られているのか。
現代は無神論的であるとともに、極右的(ファナティック)な時代である。
運命論が持ちだされるのも、自己を運命という神の契約の中に位置づけたいという欲求であろう。
大人たちが、神の概念に批判的であるのに対し、生まれ変わりを信じている子供たちは多い。神とは人間的な欲求なのであろう。
神がいるかいないかという実在論については、アリストテレス、中世のスコラ学や、デカルトの証明、に譲るとして、
旧約聖書では神とは何かを、特定の宗教の神としてではなく、神の定義を反面教師的にであれ、教えてくれる。
本当に完全な神性があるとしても、私たちは人間としての不完全な能力でしか、神を記述できない。たいてい神は人間化されている。そのような限界を確認したうえで、旧約聖書を読めば面白い。
訳者によれば、旧約聖書中に明白なニヒリズムを見て取れるという。人間のとりうる様々の様態を学ぶ上で、豊穣な書と言えるだろう。