小澤征爾は樫本大進を評して「若い頃のボリス・ベッカーみたいに凄いやつだ」と述べたことがある。確かに大進は、あの全盛期のベッカーの豪速球のサーブを思わせる骨太の音と切れ味、それに器の大きさに特徴があった。今回、大進はさらに成長し、柔らかく歌う弱音に磨きがかかった。それでもどこか芯の強さを感じさせるところがいかにも大進らしい。ゴランのピアノは左手の雄弁な説得力が印象的で、グリーグの第2楽章ではデリカシーにあふれた柔らかさも際立っている。大進が一番こだわったフランクは、大切に思い入れたっぷりに弾き込んでいるのがひしひしと伝わってくる。この曲を特別愛する者には、きっと感じるところがあるはず。
録音プロデューサーはスティーヴン・エプスタイン。ヨーヨー・マや五嶋みどり、アバド、ペライア、W・マルサリスらの絶大な信頼を得ている超一流プロデューサーとの共同作業は大進にとって意義深いばかりでなく、インターナショナルで通用する日本発の音楽家として、ソニーが全面的に支援していることをも同時に意味する。(林田直樹)