「岩佐又兵衛」の魅力を丁寧に論証
★★★★★
前多摩美術大学学長で現MIHO MUSEUM館長の辻唯雄氏が生涯研究してきた「岩佐又兵衛」論の集大成とも言える新書です。カラー図版も多く、啓蒙書ですが内容の確かさと深さを読み手が如実に感じるほど画期的な論考でした。
MOA美術館蔵で重要文化財「山中常盤物語絵巻」の図版は、ページを割いて丁寧に検証しています。その成り立ちや構図、絵柄の意味合いなど、風変わりなこの異端の絵巻を見事に解き明かしていました。
218ページ以降に、舟木家蔵の洛中洛外図屏風の「舟木屏風」を描いたのは岩佐又兵衛かどうか、という命題に答えを出しています。
『芸術新潮』2004年10月号での山下裕二氏との対談では筆者は否定的な見解を示していました。が、なお研究を続けていくうちに、「舟木屏風」の細部について鮮明な図版を掲載した『近世風俗図譜4』(小学館発行)の馬と「山中常盤物語絵巻」の馬とを比較して、同じ画家の筆から生まれたものだと論じました。
結局「舟木屏風」は自説を翻して又兵衛だという結論を導き出しました。日本近世美術史の権威で第1人者が、75歳の段階で謙虚に自説を否定し、誌面上でお詫びされたくだりは研究者の真摯な姿勢を強く感じ取りました。素晴らしいです。
238ページ以降は、浮世の思想の視覚化を果たした「浮世又兵衛」を追及しています。忠昌時代の円熟した作風の「花見遊曲図屏風」と「池田屏風」の中の「職人尽・傘張りと虚無僧図」とを比較して、描線が完全に一致していることを発見しました。
おわりにで、又兵衛から浮世絵は始まった、という説を展開しています。又兵衛工房の実態や、浮世絵の元祖か否か、という検討課題を挙げ、初期風俗画が当世風風俗画に衣替えし、「舟木屏風」の描かれた1614年頃を浮世絵元年だとしています。これはとても興味深い説でした。
原点のもつ力強さ
★★★★☆
浮世絵は乱世のキナ臭く血生臭い世の中で生まれた。土俵でガッツポーズをする外国人横綱を日本の国技に相応しくないと批判する人達は、日本の伝統美を讃えるのに当たって一部分しか見ていないのではないか。弥生土器に日本の美を見るだけでは足りない。縄文土器の力と祈りを見なければ。四百年前の日本に、ハリウッド映画に比すべき数百メートルに及ぶ絵巻物があったとは。細部に徹底的にこだわる「物づくし」は文学にとどまっていたのではなかった。
斯界の大家が自説を潔く取り下げるくだりも唸らせる。本書を皮切りに、未だの方は辻さんの源流「奇想の系譜」「奇想の図譜」へと遡って読まれるのも面白いだろう。
核心はどこに?
★★★☆☆
謎が多い岩佐又兵衛だからしかたがないかもしれないが,核心がどこにあるのか今ひとつわからない。個人的には余分なエピソードが多いのではないかと思う。
岩佐又兵衛が自分の工房(製作集団)を有しているというのは初めて知ったが,このあたりをもう少し掘り下げてくれると面白かったのにと思う。
カラーの図版は美しいがやはり絵の大きさに限界があると思う。
図録が多く、物語が随所に出てくるので読みやすい
★★★★★
美術の解説書というとなにか敷居が高そうだが、
図録が多くしかもすべてカラーで掲載されており、文体も平易なため肩肘張らずによむことができた。
岩佐又兵衛の生い立ちから始まり、又兵衛風絵巻の解説、そして最後に又兵衛は浮世絵の創始者といえるか、の考察までとても興味深く読むことができた。
この本が読みやすいのは、廻国道之記に沿って福井から京都を通り江戸に出るまでの旅日記を通じて又兵衛の生涯を紹介したり、
山中常盤物語絵巻、堀江物語絵巻の内容を紹介したり、と単なる解説書ではなく、昔話の雰囲気が随所に出てくるからだと思う。
浮世=憂き世。
戦国の世が終わり、徳川の平和が訪れるのはもちろん良いことだが、あまりの平和には憂き世を覚える。
このご時勢だからこそ、本書で憂き世を吹き飛ばしてみては。
現代の漫画に通ずるものがあり、他国に誇れる自国の文化はやはり脈々と受け継がれているものだと感じた。
新書として考えられる最高の完成度の本
★★★★★
著者の代表作である名著「奇想の系譜」(ISBN9784480088772)で紹介した岩佐又兵衛を、今度は新書一冊を全て使い、カラー図版たっぷりで読みやすい文章で仕上げています。
本の帯には若冲の前に又兵衛とありますが、強烈な個性を感じさせる絵は意外に少なく、どちらかというと当時の本流である狩野派や土佐派風の作品も多い事が分かります。もちろん浮世絵の原型である作品や有名な長編絵巻では彼独特の個性が感じられ、描ける絵の守備範囲の広さに感心させられます。
索引も充実しており、このレベルの入門書が気軽に買える新書で発行されたことは高く評価できると思います。