嵐の様に過ぎ去り限りなく琥珀色の結末
★★★★☆
童謡から飛び出した伝説の動物をめぐる摩訶不思議な事件。舞台はフランスの古城。一角獣に興味を抱き大胆な宣戦布告を仕掛けてくる
怪盗に、それに真っ向から受けてたつパリ警察の有名人、そして何故か巻き込まれるH・Mが事件の核心に迫ります。
この頃のカーは上り調子らしく、本書のメイントリックなんかも思いつきそうで思いつけない、気づきそうで気づけない不可能性を帯びて
いるので満足点に値する出来。その探究心には素直に脱帽だし、装飾の仕方もストーリーを壊さずうまい。ただ、本作品はどちらかというと
不可能犯罪を可能にする愉しさや、犯人当ての愉しさよりも、つまり謎解きのカタルシスより、解説でも触れられているんだが、より
騙された、してやられたと感じる劇的効果の方に比重をおいたプロットに仕上がっていると感じる。
なにしろ、みんながみんな覆面を被っているようなもん。怪盗の正体も判断できない、対する当局の有名人も名前だけ。おまけに衆人環視の
現場で不可能犯罪をやってのける殺人犯の正体も皆目見当がつかないときたもんだ。眩暈がします。混沌です。
実際、H・Mが真相を暴いても、すこしく頭が混乱します。整理が大変。それくらい入り組み読者の混乱を誘う構成なのです。
また本書を別角度からみても劇的効果タップリで、なにかファニーでニヒルなんだな。感情移入できそうで、突き放してしまう感覚がある。
劇を支配する作者と、演じる劇中人物、観賞する読者が三位一体となり不思議な空間に包まれる。。
道具立てこそ揃っているが、インパクトという点では代表作には見劣ってしまう。が、純粋に読者を愉しませてくれる為に苦心惨憺
したプロットであろうことは確かかな。良く出来ている。なにより一種の無邪気さを持ってして描かれたろうことに愛すべき古典としての
資格を感じる。興味ある方ぜひご一読を。
見えない凶器の謎だが・・・
★★★☆☆
「プレーグ・コートの殺人」でも語り手を務めたケンウッド・ブレイクは、
英国情報部員イヴリン・チェインとともに、「島の城」へ行くことになります。
「一角獣」を携えたラムズデン卿が城を訪れることになっているのですが、
この「一角獣」を狙った犯行予告を怪盗フラマンドが出してきたからです。
「島の城」には、ラムズデン卿、ヘンリ・メリヴェル卿以下、
弁護士や作家、警察医など10名ほどの人が集まりますが、
果たして殺人事件が発生します。
怪盗フラマンドを追って来たガスケ主任警部と思われる男性が階段から転落、
額には一角獣の角で突いたような傷あとが残っていました。
階段転落時に誰かが近づいた様子もなく、
凶器は見当たらないという、不可能犯罪の発生です。
本書は、この不可能犯罪の謎とともに、
怪盗フラマンドは誰なのか、という興味で物語が展開していきます。
犯人はフラマンドに違いない。
では、フラマンドは城に集まった人たちの誰なのか。
登場人物たちの様々な推理が披露されます。
このフラマンドは誰か、という謎については、
複雑ながらもなかなか面白い真相が待っています。
本書は2009年12月刊行の新訳版ということもあり、
とても読みやすく、楽しい推理の旅を味わえることと思います。
ただ、この作品、
不可能犯罪の真相があまりたいしたことがないのが、難点。
凶器の正体も、力が抜けるようなものですし、
犯行方法もさほど工夫がないように思いました。
筋の運びは快調で良かったのですが、
メイントリックがいま一つなので、★3つといったところでしょうか。
カーのマザーグース・ミステリー
★★★★☆
本書は『赤後家の殺人』に次ぐH・M卿登場第4作で、語り手としてケンウッド(ケン)・ブレイクが第1作『プレーグ・コートの殺人』以来の登場。
本書は不可能犯罪を、怪奇趣味ではなくもう一方の作者の趣味であるドタバタコメディー調に描いた、作者らしい作品である。
怪盗フラマンドとパリ警視庁主任警部のガスケがそれぞれ別の人間になりすました「島の城」の中で、一角獣の角で突き刺されたかのような不可解な殺人が起きる。
そしてH・M卿を加えた三つ巴の争いの中、ガスケはなんとケンがフラマンド=犯人だと名指しする。果たして真相は? というのが本書のあらすじ。
前3作と雰囲気こそ変われども緻密にして複雑な構成で、H・M卿の推理は、推理というよりもほとんど推測ではあるが、論理的整合性はきちんと整っている。
ただし、メイン・トリックに関してはそんなに上手くいくかなぁというシロモノ。
また、にせのハーヴェイの死体が見つかった直後、エベール医師がその状況に対して異議を差し挟まないのもおかしい。
しかし、以上のような欠点はあるが、それは読後に感じたことで、読んでいる間は面白かった。
なお、本書の探偵対怪盗という図式から、山口雅也は巻末解説でチェスタートンのブラウン神父とフランボウを想起しているが、私はルルーの『黄色い部屋の謎』のルルタビーユとラルサンの探偵同士と怪盗バルメイエの三つ巴を意識したものではないかと思う。
それと、全編のモチーフとなっている一角獣については、ケンと美女イヴリンの合言葉として「ライオンと一角獣」というマザーグースが用いられている。
この2人はH・M卿ものの次作『パンチとジュディ』(これもマザーグースにちなんだ表題)にも登場する。