我々の言葉と文化の豊穣さ
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もともとはテレビ番組の企画だったそうだが、どんどんと話は膨らみ、学者や学会まで巻き込み、これまで論じられなかった成果に至る、知的エンターテイメント。
「アホ」や「バカ」というのはともすれば他者の人権を踏みにじる許されない暴言であるが、多くの地域の血の通った方言は、それを越えた温かみのあるものばかりである。さらには本書の考察は日本語の歴史的・地理的多様性や、さらには漢文やインドにまで進み、壮大な旅を描き出す。
「アホ・バカ問題」はまだこれからも深められるであろうが、本書の成果と指し示す方向は重大である。狭い学者の世界だけで研究は進められるものではないし、今日では学者以外にも可能なのである。
読んだことの無い魅力に溢れる本!
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亡き祖母への愛情から繋がる郷土の方言への愛情。
関西人だからこその方言へのフラットな視線。
読めば読むほど面白くなる。必読です。
琴線に触れた
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『全国アホ・バカ分布考』はいろんな人の琴線に触れそうな分析だ。
テレビの視聴者は言うに及ばず。
研究者としては、素人とも言える人物を賞賛せざるを得ない事実に地団駄を踏みたくなるだろうし、特に、研究費に四苦八苦している研究者としては、何の公的助成も受けずに楽しそうに研究を成立させたことにはジェラシーさえ感じるのではないか。
また、方言に劣等感を抱いていた地方の人々も溜飲を下げることができる。特に、琉球の『フリムン』の語源に関しては、著者の執念にこの方言に対する『愛』を感じるし、これまでの諸説を論理的に覆すくだりは爽快感すら覚える。
随分前に読んだ『砂の器』についても本書を読んで合点できた。もし読んでいたら柳田國男だけではなく、松本清張の琴線にも触れたかもしれないというのは誉めすぎだろうか?
アホやバカの語源については、現段階では学者に太鼓判を押されたとしてもロマンチックな推測の域を出ていないのかもしれないが、『アホとバカの境はどこか』という日常会話レベルの疑問をここまで追及した姿勢は色々な角度から評価されるべきである。
方言への熱意は郷土への愛
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「アホとバカの境界線はどこにあるのか?」
そんな素朴な疑問に正面から答え、学問的にも高い水準まで突き詰めていった成果がこの書である。
もともとは関西が誇る深夜番組「探偵ナイトスクープ」に持ち込まれた視聴者からの質問である。著者はナイトスクープのディレクター。最初は単純に境目を探すが、中間にタワケの地域を見いだす。さらに全国津々浦々様々な「アホ・バカ」表現。その表現の豊穣さに魅了された著者は大々的な調査に取り組み、さらには言語学の領域にも挑戦し始める。
方言の分布と言えば知る人ぞ知るのは「蝸牛考」。
勿論、著者ものこの論文に遭遇することとなる。そして「アホ・バカ」表現こそ方言周圏論を実証する最高の素材であることに気づく。それはこれまでどの言語学者も取り組んだことのない未知の領域であった。
もともとテレビ業界の人間であっ著者が「アホ・バカ」表現にふれ、自己の知的好奇心と欲求に従い、その形成と分布の核心に次第に高いレベルの研究を成し遂げていく過程はドキュメンタリーとしても非常に楽しめる質の高い文章である。「アホ・バカ」表現の由来や分布についての専門的な部部の記述も知的好奇心をほどよく刺激するよい文章に仕上がっているように感じた。もっとも強力な分布を示す「アホ」「バカ」の由来がはっきりしないと言う結論が運命のいたずらのようなものを感じさせる。はっきりした文献も証拠もないので推論になってしまっているが、学術的な書物ではここまで情熱と愛情を込めて推論を記述するのは難しかったようにも思う。
テレビは、特に娯楽番組は低俗であると攻撃されやすいメディアである。それでも良質の番組であればここまで質の高い内容を扱うことができるのである。本書は良書であると言える。本書が良書たる基盤となったのはナイトスクープという優良な番組があってこそである。こういった成果を見るとまだまだテレビ業界も捨てたものではないという気がする。
「ことば」の伝播する速度は1年に1キロ。
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題名は実に「タワケ」た題名ですが、中身は「アホ」でも「バカ」でも、まして「タワケ」た内容でもありません。
「ことば」の伝播の速度なんて、考えたことがありますか? また、その伝播の速度が地形に影響されているなんて、想像ができますか? 読み進めていくと、実にいろいろなことに気づかされ、教えられる本です。
大学時代、国文科に学び、故平山輝男先生の講義を受けたことがありましたが、柳田国男の「蝸牛考」は実証不能の、おそらく「仮説」だと信じていました。
ところが、完成された「アホバカ分布図」を見ると、そこには紛うことなく柳田国男の「方言周圏論」が実在しています。もうそれだけで知的興奮を抑えることが出来ませんでした。
まず、完成した「アホバカ分布図」を、とくとご覧下さい。そして、興奮を抑えながら本文をお読み下さい。題名が「タワケ」た題名でも、中身が知的好奇心を刺激する読み物であることを必ずや実感できます。日本文学、日本語学を学んでいる人ならば、必ず一度は手にとってもらいたい、読んでもらいたい一冊です。