「わたしたちは世界に生きている、この世界を愛するときに。」
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ベンガルの詩聖タゴールは、アジア初のノーベル文学賞を受賞したという歴史的事実で知られていますが、現在わが国ではそんなに読まれていないような気がする。親しみやすい純朴なポエジーの輝きはいささかも色褪せていないだけに、本来ならば、もっと多くの人びとに愛唱されてもいいのではないかしら。
本書は、人生、愛、永遠、自然、社会、といった多岐にわたるタゴールの詩作のモチーフを、全326篇の短詩とアフォリズムというかたちで一冊にまとめた英文詩集の最新完訳版です。訳者の川名さんは「タゴールの詩の世界にはじめて接する読者のための良心的な入門書としても有効なはず」と解題のなかで述べています。
大正5(1916)年にタゴールは初来日していて、横浜、箱根、軽井沢など、国内各地に逗留したときにつくった英語の短詩が『迷い鳥』のあちこちに織り込まれているとか。ちなみに巻頭の献辞は、横浜の三渓園で客人としてもてなしてくれた原三渓(富太郎)に捧げられたもの。日本女子大の三泉寮を訪れた詩人と寮生たちとの交流のエピソードにも感銘を受けました。
作風は変化に富んでいて、短歌のような抒情詩あり、神秘あふれる思想詩あり、諷刺の効いたアフォリズムや、一篇の幻想的なメルヘンを暗示している断片もありと、タゴールの天衣無縫な詩のこころを端的にあらわして面目躍如たるものがあります。みずみずしい訳詩のほかに、初版本の英文テクストが参照しやすく配置されていることもありがたい。
「あなたが何者なのか、あなたには見えていない、あなたに見えているのは、あなたの影。」
(WHAT you are you do not see, what you see is your shadow.)
人が生きていくうえで大切な〈ことば〉の持つちから、を感じさせてくれる本です。これはおすすめ。