ドロドロマーラーを浄化した美演・・・・?
★★★★☆
まず、これは驚くべき録音の精度だ。楽想がモチーフの細部まで手に取るようにわかる。指揮者ジンマンの“反バーンスタイン”的な演奏スタンスがそれに貢献していることは言うまでもないが、マーラーファンではない評者にとっては、ベルティーニ以来の最後まで聴ける第7である。しかも細部の美しさは録音とも相俟ってベストではないか。SACDの威力というものを初めて感じさせられた。
冒頭楽章のトライアングルのアクセントからして心を振るわせる。金管の抑制が一層金管のモティーフに耳を欹てさせる。これはそういう演奏なのだ。夜のしじまに聴こえてくる囁き。第2楽章と第4楽章に銘打たれた『夜の歌』の諸相が冒頭楽章のあちこちに溢れている。ハープが現われてくると陶然とさせられる。マーラーのシンフォニーでは珍しいくらいに美しい! これこそ情念に汚されない音楽である。閃光のような金管もこの世のものではないような・・・。以降の小太鼓に導かれた仮借ない進行ともども、このあたりを聴いていると「マーラーも好きかも?」などと思ったりする。
「夜の歌」の2つの楽章もスッキリとしつつメリハリが利いていて、スンナリと耳に入ってくる。
ジンマンのマーラーはこれしか聴いたことがないから全曲でどうなのかはわからないが、バーンスタイン的な濃厚演奏に辟易している向き(評者だけか?)にはオススメかもしれない。現在全集完結に向けて録音が進んでいる。まもなく完結のようだ。
根っからのマーラーファンの声を聞きたいところ。☆5つでもよかったが、マーラーファンでもない(最近はアンチでもないが)ので遠慮して留保の☆4つ。世評はどうなのかな?
第3楽章に「夜の森の世界」を聴く
★★★★★
ジンマン指揮によるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団によるマーラー・シリーズの1枚。2008年録音。このコンビはベーレンライター版によるベートーヴェンの交響曲全集を録音したころから注目度が高まってきたが、このマーラーのシリーズもレベルが高く、オーケストラの技術も一段と高まっているように思う。
さて、私はマーラーの交響曲の中では第6番とこの第7番が好きである。どちらも純粋器楽のための交響曲で、合唱や声楽が差し挟まれる作品と違い、マーラーの性質が真っ直ぐに表現されているように思えるし、なにより音楽そのものとしての魅力が凝縮した作品だと思う。第6番が劇性を表出し尽したのに対し、この第7番は「夜の歌」の標題の通り、不安の中にもどこかしら安寧を感じる不思議さが魅力だ。
ジンマンの演奏はきわめて誠実で、王道を歩む。シンフォニックな響きは多層的で、旋律の膨らみをよく活かしている。一方で過度な装飾には至らず、滋味のある響きがこれを支えている。
この交響曲は第2楽章、それと第4楽章が「夜曲」と称されていて、マンドリンの音色など印象的だが、私がこの演奏を聴いたとき、「この第3楽章こそ夜曲ではないのか?」との印象を持った。これは「森の夜曲」である。自然の森。昼の間に光合成を終えた木々が葉が閉じ、夜露をきらめかせる中、夜の生き物たちが「気配」となってうごめいている。聴き手はその森閑たる闇を導かれて歩いていく。様々な気配は時に不気味さを伴うが、全体として森はひとつの生き物の様に静かにしかしダイナミックな活動をやめることがない。
ジンマンの演奏を聴いて、そんなイメージが沸いた。現れては消えるような儚い音色とときおり明瞭さを見せる旋律の配置が不思議な働き掛けをしたようである。暖かさを宿しながらも、自然への畏怖と賛歌に満ちており、この交響曲の1つの醍醐味だと感じられた。