著者は、耳疾という身体の問題のために、また、戦前戦後の社会の価値体系の大きな変化(崩壊)による心理的な問題のために言葉を喪失し(てい)た経験の持ち主です。
多くの人が何気なく毎日使っている「ことば」について、また、その発話する主体である「からだ」について著者は深く考えざるを得ませんでした。
「あとがき」には、こうあります。「書いている時は、ただ、自分が歩いて来た道筋を整理し、体験したこと、考えたことの意味を自分自身に対して明確にしようと必死であった。」
「ことば」(と「からだ」)を取り戻すに至る著者の個人的な体験と思索が多く記されている本であるにもかかわらず、著者の思惑に反して、この本は多くの人(特に、障害を持つ人々、演劇に携わる人々)の共感や熱烈な支持によって版を重ねてきました。(初版は1975年ですから四半世紀経過しています。)
なぜでしょうか?著者の「ことば」と「からだ」へのこだわりは単なる個人の問題ではなく、より普遍的で深い意味を持つものだから、と言えるでしょう。
人間は「ことば」と「からだ」無しに、他者と関係を結ぶことはできません。「ことば」と「からだ」無しに生きることはできません。
他者との関係をうまく取り結ぶことに難しさを感じている人、より深く他者と係わり、かつ、より良く生きたいと願う人、その他「ことば」を持ち「からだ」を持つ人すべてにじっくり読んでいただきたい書物です。