アメリカ仏教で考える
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「アメリカ仏教」とやや本質主義的にくくってもよさそうな、新しいタイプの仏教が現在展開している。その歴史と現状、特色と背景、代表的な人物・実践・組織を概説したのが本書である。日頃は「日本仏教」にしか目に入らない読者にとっては、非常に刺激的な知見に満ちており、かなり面白い。
「アメリカ仏教」は大別して、「旧アジア系仏教徒」(19世紀以来の中国や日本からの移民によるそれ)、「新アジア系仏教徒」(1960年代後半からの台湾や東南アジアからのそれ)、「瞑想中心の改宗者」(禅やチベット仏教)、「題目中心の改宗者」(創価学会)に分けられると著者は言うが、そのうち特に重要なのが、第三の瞑想系の運動である。教義よりも実践を重視し、科学や心理学との親和性の強いこの系統の仏教は、理性を尊びながら身心の健全化を求めるアメリカの個々人を強く魅了し、必ずしもキリスト教国ではなくなりつつあるこの国の人々に大きな影響を与えている。特にダライ・ラマの知的で行動的かつやさしさとユーモアにあふれる人格が、素晴らしき仏教の象徴として好意的に受容されているようだ。
また、「アメリカ仏教」を鏡として「日本仏教」について考えるのにも、本書は大いに役に立つ。在家主義ゆえの平等性、超宗派的な志向性の強さ、社会参加(engage)してこそ宗教という意識、家族や共同体ではなく個人の霊性を尊重すること、など、既存の「日本仏教」とはほぼ逆行するベクトルのなかで「アメリカ仏教」は成長しつつある。寺院中心の日本の仏教が存亡の危機に立たされているという懸念が一部にありその改革を唱える者も急増するなか、現代世界に巧みに適応しながら発展しているアメリカのそれから学ぶべきことは、少なくないはずである。
著者のケネス・タナカ氏は、日系二世の両親をもち、カリフォルニア等での開教に尽力してきた真宗僧侶であり、優れた仏教研究・啓蒙者である。本書では、氏の実践や教育の現場での経験に基づく見識も随所で披露されており、初学者でも素直に理解しやすい。昨今の仏教関係書の氾濫のなかでは、ひときわ高価値の現代仏教論であるといってよいだろう。
仏教の将来を見通すため必要とされていた待望の書
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本書はアメリカ仏教の全体像を日本の読者のために描いた、実に待望の書である。今まで断片的にしか知らなかったアメリカの仏教に関する様々な情報が、初めて時間軸に沿いながら俯瞰的に理解てきた思いがした。本書は、単にアメリカにおける仏教の現状だけでなく、米国の社会、宗教、国民性を理解するためにも大いに役立つと思う。多様な情報が盛り込まれているにもかかわらず煩瑣ではなく、明快で実に読みやすいのも特徴である。註も豊富で個別事項をさらに調べようとすれば、いくらでもそのための入口が設けてある。良書というものは、インスピレーショナルなものだと思うが、本書は、日本仏教だけでなく、仏教全体の将来を考えさせてくれるまさに良書である。
本書の構成は下記のようになっている。
序章 :伸びるアメリカ仏教
第1章:現状 仏教人口と種類
第2章:浸透 一般社会
第3章:歴史 十大出来事
第4章:特徴 アジアの仏教と比較して
第5章:解釈 アメリカへの同化
第6章:原因 全体の伸び
結び :仏教も変わる、アメリカも変わる
私は自分では仏教フリークのつもりでいるので、アメリカ仏教と聞けば、苦難を強いられた日系移民の絆としての信仰、チベット仏教とリチャード・ギア、鈴木大拙にゲイリー・シュナイダーやエイーリッヒ・フロム、瞑想と脳波研究やトランスパーソナル・サイコロジー・・・等々、一応いろいろ読んだり聞いたりしてきたのである。しかし私の知識は極めて断片的で消化しきれておらず、血肉となって自分を支えてくれているという感慨を今まで持つことは全くなかった。それは広さも厚さも時の流れも持たない、点在する知識に過ぎなかった。本書はそうしたバラバラの知識を有機的に結合させてくれ、私にとっては、まるで時間軸を持った立体地図のようなものになってくれた。
諸行無常は仏教の根本教理の一つであるが、ケネス田中教授の手にかかると、それが「物悲しい」ものからダイナミックに、クリエイティブに、前に向かって動いていく活力に思えるから不思議である。