二資料説は、マタイ福音書とルカ福音書は、マルコ福音書およびQと呼ばれる仮説上の資料をもとにして書かれたとする主張です。
しかし、その主張は、Qが実際には発見されていないこと、古代教会教父たちの一致した伝承にまったく反することを含めて、数多くの難点を抱えており、この説に反対する学者も、William.R.Farmerや、Bernard Orchardをはじめとして、少数ながら存在してきました。しかしこのことは、特に日本の読書界においては、残念ながらほとんど知られていません。
David Alan Blackは、アレキサンドリアのクレメンスなどの古代教父の伝承の正確な再読・再検討を通じて、Bernard Orchardのテーゼを発展させ、マルコ福音書はルカ福音書の正統性を教会共同体に示すためにペトロによって行われた講話の記録であるという説をWhy Four Gospels?(Kregel Publications)においてすでに打ち出していますが、ファーマーの弟子たちの研究グループは、福音書テクストそのものの徹底した編集史的検討によって、マタイ福音書に基づくルカやマルコの作業を再構成し、Q仮説を不要とする論を見事に組み立ててみせた画期的な著作を出版しました。Allan J.McNicoll,Beyond the Q ImpasseおよびOne Gospel from Two(Trinity Press)参照。
ファーマーたちのグループの仕事は、本書のようなQ仮説に依存した二十世紀の批判的福音書研究の多くに対して決定的な疑問を提起するものです。マックをはじめとするイエス・セミナーの主張の根拠薄弱さに関しては、Philip Jenkins,Hidden Gopels:How the Search for Jesus Lost Its Way(Oxford UP)を、二資料説が反ユダヤ主義と文化闘争に支配された当時のドイツで台頭してきた背景事情に関しては、David Laird Dungan,A History of the Synoptic Problem: The Canon, the Text, the Composition, and the Interpretation of the Gospels (The Anchor Bible Reference Library)を参照されることをおすすめします。