世の中生きて行くにはデタラメでいいのです
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世の中生きていくのに気が楽になります。神戸の高校で遅刻した生徒を
閉め出すために校門を閉めて、女子高校生を殺してしまった事があります。
もし、遅刻したのが先生なら、校長先生なら、門をしめたでしょうか。
会社でも、会議に部下が遅刻してきたら、最悪首になるかもしれません。
遅刻したのが社長なら、忙しい社長を怒る人は誰もいないかもしれません。
このことが、矛盾して、権力が強い物は、多少の道徳に違反してもいいと
いう事になります。
世の中の不正、偽装の温床の考え方がここに有るのかもしれません。
道徳とは何か、生きていくために何を考えて生きて行けばいいか、参考に
なる一冊です。
生きると言うことはどういうことなのか,改めて多くの人々に考えて貰いたい。
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文句なしの星5つ。私は二十代の頃から「日本がなぜ資本主義なのか」と考えていた。周囲の人々に話しても「そんなのは当然」という反応で相手にされず,解決のヒントさえ見つけ出せずにいた。そんな曖昧な心境の中で出会った本がひろさちや氏の「「狂い」のすすめ」であった。自分と同じようにこの世界に疑問を抱いている人がいる,しかもその人は「世間はくだらない」と一蹴している。これほど安心できたことはなかった。自分の考えが間違っていなかったことにようやく確信が持てた。この本に出会っていなかったら,私は今でもこの世界に疑念を抱いたままであっただろう。この本は私が読んだひろさちや氏の二冊目の本である。この本にも私に自信と勇気を与えてくれる文章が目白押しであった。特に納得させられたのは,第16章。「「パンなしで生きることはできない」と言ったとたん,私たちはパンのために生きるようになります。」という文章は,まさに現代の日本人を象徴している。ほとんどの人々が「お金がなければ生きることはできない」と自分に言い訳をして「お金のために生きている」のではないだろうか。金,金,金,…。そんなに金が欲しいのか。きっと金を求める人々は,目的のお金が手に入った頃には,棺桶に片足を突っ込んでいる。著者の例にあった「リスとライオン」の例が,とてもわかりやすい。生きると言うことはどういうことなのか,改めて多くの人々に考えて貰いたい。自分の人生に迷ったときは,もう一度読み直したい。
たしかに
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ひろ さちや さんの本はいろいろ読ませていただいたが、だいたい一貫した主張
と、ありがたいおとしどころがあり、仏教徒でない私にもすがすがしさを感じさせて
くれる。 多くの挿話も効果的にちりばめられ、聖書の箇所の引用により、
仏教にもキリスト教にも(おそらくは他の宗教にも)共通した普遍的な真理を
感じさせる(へんな表現ですが)。 世間のわずらわしさや、不安を感じる人
には一服の清涼剤以上の活力を与えてくるる者と思う。 物差しが変わりますよ。
ぐっと人生が楽になった
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この本のタイトルの通り、半年間デタラメ思考で生きてみたところ、友達と仕事がめっきり減った。しかし去っていった友達はみなツマラない人ばかりで、濃い人だけが残ったし、減った仕事もツマらん仕事。残った仕事はメシを食わなくてもやりたい仕事となった。
それが幸せかどうかはわからんが、自分ではこんなに人生気楽でいいのか?と思うほど、楽になった。まるで麻薬の一冊。
人が生きにくい理由
★★★★☆
この本では人が生きにくいのは人間を商品的価値としてみる世間的価値観に縛られること、持てば持つほどさらに欲しくなる欲望の奴隷になってしまうことが、大きな原因だとしているように思われる。しかし人が物心ついたときから刷り込まれた世間的価値を無視することは困難でさらに世間からしっぺ返しを喰らう結果となり、かえって生きにくい。また自分の欲望をゼロにすることも不可能である。
結局、世間的価値とある程度距離おいて考え、欲望を少し抑えることで、かなり生き易くなるのではなかろうか。仏の価値では世に役立つ人もそうでない人も同じということらしい。